梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件
(七)無人島
父島一泊目の夜が明けた。
食堂に集まって、食事の合間に鶴田が今日の予定を発表している。
「今日は、班に分けてグループ行動の自由時間とします」
その一日は、一般の旅客がするように、島内の観光名所を、班ごとに分けられた
各自が自由に巡ることとなった。
ただし、小笠原海洋センターのように『おがさわ丸』が停泊していない期間は休
業という所もあるので要注意。
携帯の受信範囲から出ないようにし、圏外になったら戻るように決めておく。
下条教諭は、万が一に備えて連絡係として旅館で待機することとなった。
各自それなりに楽しんで、自由行動の日が暮れた。
父島、二日目の朝となる。
この旅行でのメインイベントの日である。
「今日は、お待ちかねの無人島生活体験クルーズです」
「おおお!」
「よっしゃあー! この日を待ってたぜ」
一同も楽しみにしていたイベントである。
『都会では経験することのできない原始生活を過ごしてみよう!』
ということである。
「島には電気・ガスもなければ水道もありません。すべて自給自足で、丸一日を過
ごしていただきます」
「万が一に備えて、非常食一日分を置いておきますが、手を付けないでください。
一応鍵を掛けた緊急箱に入れて、下条先生に預けておきます。その箱には緊急連絡
用の無線機も入れておきます」
「ところで、携帯は持って行っていいのか?」
「だめにきまっているでしょ! 原始生活をエンジョイするのですから」
「第一、圏外になるでしょ」
「ゲームはできるけど……」
スゲもなく拒否される。
「はい。携帯はすべて預かります」
ガイドの前に二人の人物が進み出た。
「一応、その道のプロフェッショナルであるインストラクターが男女二人付いてい
ただけるので、安心できます」
ペコリと頭を下げる二人。
インストラクターは、IR(イントラ)と略称しましょう。
というわけで、船に乗って無人島へとやってきた。
「明日のこの時間にお迎えに参ります。それまで、無人島生活をお楽しみください」
そういって、船は島を離れていった。
「おいおい。俺達を放っておいて、行っちゃうのかよ」
島に残るのは、梓達生徒と下条教諭そしてインストラクターの二人だった。
「まずはこの島について説明致します」
IRが語りだした。
「毒蛇や毒虫、マラリアを運ぶハマダラカなどはいませんのでご安心ください」
島の状況を詳しく解説している。
蚊が生息できるには、吸血する対象がいなければ繁殖できないので、無人島など
動物のいない島には当然吸血する面倒な蚊はいない。
「しかしよお。無人島っつうけど、俺らが入った時点で、すでに無人島じゃねえん
じゃね?」
「まあ、確かにそうですけどね」
「空の下、土の上で寝なさい というのは酷ですので、十人用の大型テント四基用
意してあります」
「そうよね。吸血蚊はいなくても普通に虫が飛んできたりして、結構うざいから」
「いろいろと必要な物がありますが、たった一日ですべてゼロから作るのは不可能
ですので、火を起こす道具や釣り用品や採集籠などは用意してあります」
「まあ、当然そうなるだろうね」
誰かが呟いた。
「それでは、役割分担を決めましょう。飲み水を採取する掛かり、食料を調達する
掛かり、火を起こす掛かり、野営できる場所を確保する掛かりです」
「飲み水? 湧水があるでですか?」
「はい。ここは狐島ですので、飲用に適した水が湧く場所はありません。なので、
飲み水はこちらで用意させていただきます」
「ただし、サバイバルで水を得る方法だけはお教えいたします」
島の滞在期間が一日しかないのに、無人島生活らしくあれもこれも0から作り始
めれば、それだけで日が暮れてしまう。
「公平を期するために、クジで役割を決めます」
と言って中央に穴の開いた箱を持ち出した。
「この箱の中に、役割を示した紙が入っています。各自手を差し入れてクジを引い
てください」
順番にクジを引いていく生徒達。
梓も箱に手を入れる。
「火起こしがかりだよ」
と発表すると、
「あ、俺もだ」
慎二が応える。
絵利香はというと……。
「残念、飲み水採取掛かりだわ」
というわけで、各自分担ごとに分かれて行動を始めた。