続 梓の非日常/第二章・宇宙へのいざない
(九)宇宙開発始動  さらに数日後の衛星事業部の所長室。研究所員が飛び込んで来る。 「所長! 例の案件、通りましたよ。AFCから融資決定の書類が届きました」 「ほんとうか! 五千億ドルの予算だぞ」 「間違いありません。そして、梓お嬢さまのお言葉も添えられてありました」  梓の礼状を開いて読み始める研究所所長だったが、 「英語だな……」  ぼそりと呟く。 「そりゃそうですよ。英語圏で育った生粋のアメリカ人ですからね。ちゃんとした文 章を考え記述するのには、日本語だと自信がなかったのかも知れません」 「まあ、そうだな」 『所員のみなさん。先日はわたくしのために、忙しい中いろいろと案内やご説明を頂 き本当にありがとうございます。研究成果というものは、一朝一夕で出来上がるもの ではないかとおもいます。些細な研究でも、毎日こつこつと積み重ねていけば、やが て大きな成果となって現れることもあるのでしょう。ただ、わたくしが危惧すること は、利益だけを追求したり、特許申請の数を競うだけの研究であってはならないとい うことです。もっと大らかに、社会に貢献したと誇れるような、素晴らしい研究をし ていただきたいと思います。日々精進努力する姿は美しいと思います。わたしは、そ んな所員の皆様方を心の底から応援したいと思います。ありがとう』 「よし、研究開発の大号令を発する。二十年計画の予定だったが、十五年いや十年で 開発を完了してみせようじゃないか。社内報にお嬢さまのお言葉を添えて号外で載せ ろ」 「わかりました!」 「わたしは、所員の皆様方すべてを心のそこから応援します、か。さすが、梓お嬢様 だ」  それから数日後。  篠崎重工の社長室のそばにある特別応接室。  梓と麗香、篠崎良三と花岡専務が一同に会していた。麗香だけが梓のそばで立って、 商談の成り行きを見守る立場にあった。執行代理人としてグループ内でもナンバー3 として強大な権限を持つ麗香でも、梓本人が同席している場では秘書的な地位しかな く、直接商談には加われないのだ。総資産六十五兆ドルを自由に動かせる梓と、二十 億ドル程度の自由決済予算しかない麗香、主従の関係にある二人にはおのずと踏み越 えられぬ垣根が存在するのだ。梓にしてみればたった二十億ドル程度かも知れないが、 それを自由に動かせる麗香には、目の前の篠崎・花岡ですら頭が上がらないのである。  梓がいかに雲の上の人物かがよくわかるだろう。 「しかし梓さま自らお出でになられるとはいかなご用でございますかな」 「麗香さん、あれをお見せして」 「かしこまりました」  麗香が書類ケースから取り出して、二人の前に差し出した。  それは衛星事業部が梓に提出した、 『高出力原子レーザー発振器による、月面移動基地への高エネルギー伝送実験の企画 議案書』  であった。 「目を通していただけますか?」 「拝見いたします」  書類に目を通してしばらくすると、二人の表情がこわばるのが手に取るように見え た。 「高出力原子レーザー発振器ですか……」 「ぶっそうな代物ですな」  二人は、それが何物であるかをすでに理解しているようで、その危険性を指摘して きた。 「確かにこれが開発できれば宇宙開発における画期的な進歩が訪れるでしょう、反面 として、将来における宇宙戦争の強力な武器をも手に入れることにもなります。戦争 と平和両面における慎重な検討が必要かと存じますか」 「原子力兵器への転用は、私どもも苦慮しております。しかし、核爆弾と原子力発電、 戦闘機とジャンボ旅客機、大陸間弾道弾と宇宙ロケットなどにみられますように、新 技術には必ずと言っていいほど、戦争と平和の両面性を兼ね備えております。今のコ ンピューター時代も、有名な『エニアック』という弾道計算に使われた電子計算機が 最初です。戦争のために開発された技術が平和利用されて、わたし達の暮らしを支え ているものも数多く存在します。この高出力原子レーザー発振器も、善と悪が紙一重 でありますが、だからといって開発を躊躇していては、未来はいつまでたっても訪れ てはきません。人類の歴史がそうであったように、たとえ宇宙戦争を引き起こす要因 となったとしても、その後に来たるべく明るい平和と進歩が約束されるならば、わた しは開発に着手すべきものだと信じています」
     
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