続 梓の非日常/第二章・宇宙へのいざない
(八)新規事業 『とにかく、彼が十八歳になって正式にプロポーズしてきたら、あなたは断ることは できないの』 『お母さんは、慎二とあたしの結婚を認めているというわけね』 『まあ、反対はしないわよ』  うなだれる梓。 『ねえ、お母さん……慎二は、このこと知っているの?』 『知らないでしょうねえ。自分が婚約者の権利を得たことも、花婿候補だったことす らも知らないはずよ。くわしい事情を説明する暇がなかったのよね』 『だったら、このまま黙っててくれないかな……』 『いいわよ。どうせ、彼もしきたりのこと知らなかったはずだし』 『ありがとう、お母さん』 『それはいいけど、しきたりの載っている家訓帖ぐらいちゃんと読みなさいよね』 『だってえ。漢字がのたくったように走っているみたいで、全然読めないんだもの』 『それをいうなら、漢字の草書っていうのよ』 『ねえ。あたしにも読めるように英文に翻訳してくれないかなあ。家訓帖』 『仕方がないわねえ。草書が読めたとしても、文語体で書かれているから、梓には理 解できないでしょう』 『ところで、話しは変わるけど、あなた衛星事業部を視察したそうね』 『ほんとに、変わるわねえ……』 『その衛星事業部から新規の研究開発に関する企画議案書と融資依願書が提出されて いるわ。せっかくだから、この案件はあなたが決済しなさい』 『あたしが?』 『そう。企画議案書によく目を通して、自分の判断で決定していいわ。わたしは一切 口を出さないから』  二つの書類を渡されて当惑する梓。 『衛星事業部か……』  麗香と視察した研究所を思い出しながら、 『予算が、五千億ドルねえ……』  じっと書類に目を通している梓。 『ふうん。そうか……なかなか面白そうじゃない』  と、ぶつぶつ言いながら、その詳細な説明書を読みはじめた。 『原子レーザー発振器ねえ。これが最大の課題みたいね』  梓は麗華を呼び寄せると、二つの書類の決裁に踏み切った。  法的に有効なる決済書類を梓が作成できわけもなく、麗華に手伝ってもらってこと にする。 『はい、結構です。それでは、こちらにご署名をお願いします』  言われた通りに決裁書に署名する。  もちろん英文字によるサインであるが、印鑑などというものを押印せずともそれで 書類が有効となる。 『これで完了です。AFC統括事業部に送達すれば、後は向こうですべてが動き出し ます』 『ありがとう』 『どういたしまして』  真条寺邸バルコニー。  いつものようにティータイムの渚と美恵子。 『お嬢さまは、衛星事業部の五千億ドルの研究開発を承認されたようですね』 『梓が決めたことですから、私のとやかくいう筋合いではありませんが、問題が一 つ』 『問題と言いますと?』 『大出力の原子レーザー発振器は、ともすれば核爆弾にも匹敵する原子力兵器となり えます。軍事レベルでの極秘開発が必要となりましょう』 『そうですねえ。今まではSFだった、プロトン砲や粒子ビーム砲などの科学兵器が 実現可能になりますからね』 『ここは大統領とも相談して』 『ちょっと、やめてよね。お母さん』  背後にいつの間にかネグリジェ姿の梓が立っていた。 『梓! まだ、寝てなかったの』 『寝る前に挨拶しようと寄ったのだけどね……それより、何よ今の話し。お母さんた ら何かっていうと、大統領とか太平洋艦隊司令長官とかの力を利用するんだから』 『そうは言ってもねえ』 『いつまでもアメリカ軍に頼ってばかりいては、真条寺家の独自性が失われてしまう わ。今後はAFCを軸として独自路線を切り開きたいの。AFC単独の宇宙ステーシ ョンを打ち上げ、さらには火星への移住だって考えているんだから。火星ロケットや 火星基地にエネルギーを恒久的に伝達する方法としての、原子レーザー発振器の開発 は急務なのよ。アメリカ軍の手助けはいらない』  いつになく強い口調の梓だった。新規事業に対する意気込みからだろうと思われる。 『決済を任せる、一切口出ししないと言ったのだから、その運用もすべて任せてくれ るんじゃなかったの?』 『ごめんね、梓。お母さんが、間違っていたわ。出過ぎたまねをしたわね。AFCの 代表はあなただったのよね。あなたの好きなようにして』 『ありがとう。お母さん』  後ろから渚に抱きつくように手を回す梓。 『これからはあなたの時代。好きなようになさい。困ったことがあったらいつでも相 談に乗るわよ』 『うん、判った……』  母と娘の仲睦まじい光景であった。
     
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