梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件

(一)ハワイ航路  太平洋上を飛行するDC−10型改ジェット機。機首には日の丸、そして尾翼には 篠崎重工のシンボルマークが記されている。  DC−10はロッキード事件に絡む汚職事件、販売戦争によって欠陥機を増産して、 事故が相次ぎ、1988年に生産終了となった。  とはいえ、篠崎重工の技術陣によって、機体の改良と綿密な整備が図られ、今なお 大空を飛び続けている。  そのコクピット(操縦室)では、パイロットが青ざめた表情で計器を操作している。 「どうだ?」  機長が神妙な面持ちで隣の副操縦士に確認している。 「だめです。やはり足りません」 「そうか……」 「申し訳ありません。私が計器確認を怠ったばかりに」 「それを言うなら、私も同じ事だ。ともかく麗香さまにこっちに来てもらおう。お嬢 さま方には、まだ知られてはいかんからな」  その機内では、梓と絵利香に麗香が対面して座っている。 「ほら、見て。新しく買った水着」  と梓が、バックから取り出した水着を見せている。 「へえ、可愛いワンピースね。梓ちゃんのことだから、ビキニかなと思ってた」 「う……ん。あたしも最初はビキニにしようかなと思ったんだけど、やっぱりね……。 で、絵利香ちゃんは?」 「あまり見せたくないんだけど……」 「もう、どうせ海に出れば着るんじゃない」  梓自身が水着を持ち出したことで、自分も仕方なく見せるしかないとあきらめる絵 利香。 「なんだ、絵利香ちゃんもワンピースじゃない。遠慮するから、てっきり……」 「ビキニを着るってがらじゃないから」 「だよね。で、麗香さんは?」 「え? 私は、世話役としての仕事がありますから」 「ん、もう隠すなんてずるいわよ。自由時間を与えてるんだから、当然持ってきてる でしょ」 「仕方ありませんね」  梓の前では、隠し事は許されない。 「わあーお! 黒に金縁のビキニだよ。さあーすが、麗香さん」 「うん。麗香さんのプロポーションなら、やっぱりビキニだよね」 「おだてないでください」  そんな風に水着談義をしている梓達から通路を隔てた反対側には、美智子ら梓の専 属メイド四人がトランプ遊びをしている。ここは篠崎重工の自家用機内、篠崎側の客 室乗務員がいるので、美智子たちは機内にいる間は自由なのである。ここは機内勤務 のプロに任せて、口出ししないほうが無難である。 「ねえ、あなた達はどんな水着持って来たの?」  通路の向こうから梓が尋ねる。  顔を見合わす四人だったが、棚からバックを降ろし、 「はーい。これでーす」  と、一斉に水着を掲げ上げた。  ビキニにワンピース、そして色と柄、それぞれの好みに応じた水着だ。  結局全員の水着を取り出させた梓。何事も一蓮托生というところだろう。  そこへ神妙な面持ちをした客室乗務員が麗香を呼びにくる。 「麗香様。機長がお呼びです。コクピットへお越しいただけませんか」 「コクピットへ?」  乗務員の表情と、コクピットへの呼び出し。  聡明な麗香のこと、非常事態が発生したに違いないと即座に判断した。梓の方をち らりと見てから、 「……わかりました」  と立ち上がった。  乗務員に案内されて、コクピットに入ってくる麗香。 「あ、麗香様」 「どうしましたか?」 「正直に申し上げます。飛行機がコースを逸脱、ハワイに到達するだけの燃料も足り ません」 「どうしてそんなことになったのですか?」 「はい、直接の原因は、出発前に重量確認した数値と、現在の重量計が示す数値に食 い違いが生じていることです。およそ八十五キロなんですが、それで計器に微妙な狂 いが生じて、長距離を飛行する間に大きく航路が外れてしまったようです」 「今の今まで、重量オーバーに気づかなかったというわけですか?」 「申し訳ありません。出発前に点検したきりで、計器の確認を疎かにしてました。自 動操縦装置に頼り過ぎていたようです」 「過ぎたことを今更責めてもしようがないでしょう。ともかく結論として、ハワイに はたどり着けないというわけですね」 「その通りです。それに近辺にも空港を持つ島はありません」 「どこか安全に着陸できそうな島はありませんか?」 「はい。探索中です」 「遭難信号は?」 「発信しています」 「わかりました。私は、お嬢さまがたに実情を話してきます。引き続き探索を続行し てください」
 
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