梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(一)フランス留学  英語の授業で担任の下条教諭が出席を取っている。 「よし、全員出席と……」 「先生よお。梓ちゃんと絵利香ちゃんがいないじゃんか」 「あれ、君達にまだ話してなかったっけ。あの二人は、英語の授業は免除されてるん だ」 「免除ってどういうことですか?」 「実は二人は、生まれも育ちもニューヨークの帰国子女でな。完璧な英語を流暢に話 せるんだ。特に真条寺君は、母親ともどもアメリカ国籍で、帰国というより留学で日 本に来ているというのが正しい。逆に我々英語教師の方が彼女達に教えを請うくらい で、英語の授業を受ける意味がない」  二人の意外な真相を知って、教室がざわめきだした。 「二人が、ちゃきちゃきのニューヨーカーだったなんて……」 「どうりで、雰囲気違ったわけだよな」 「そういえば、昨日英語がびっしり書かれた本を読んでたよ。表紙の絵は風と共に去 りぬだったけど」  一同が、主のいない二人の席を注視し、ため息をもらす。 「まあ、そんなわけだ」 「へえ。そうだったんすか。んじゃ、俺、英語の授業はさぼろうかな。梓ちゃんいな いとつまんないもんね」 「こらこら、教師の前で堂々と言う奴があるか。第一そんなことしてみろ、彼女達と の距離がよけい遠退くんじゃないのか。少しでも近づきたいなら英語が話せなきゃ、 な!」 「うう。それ言われるとつらい」 「ちなみに英語と日本語どっちが難しいか尋ねたら、日本語の方が難しいと答えた。 真条寺くんなんか、男性言葉と女性言葉の区別がわからなくて、時々男言葉になっち ゃうとぼやいていた」 「あ、それ違うよ。梓ちゃんの場合は、元々男っぽいんだ。地の言葉っすよ。あれ は」  あはは。と、教室中の生徒達が納得して笑っている。 「そうなのか? ま、とにかくだ。彼女達は、英語のかわりに校長室でフランス語を 習っているよ。校長の都合もあるから、毎回というわけじゃないけどな」 「フランス語ですか?」 「ああ、しかもだ。フランス語だって日常会話程度ならちゃんと話せるんだぞ。高校 卒業後は、二人ともフランスの大学に進学するそうだ。日本留学の次ぎはフランス留 学か、国際人だなあ」 「フ、フランス留学?」  下条教諭の英語の授業が終わり、梓と絵利香が教室に戻ってきた。  愛子ら女子生徒達が、早速話し掛けて来る。 「ねえねえ。二人ともニューヨーク帰りなんだって?」 「あら、先生から聞いたのね」 「どうして話してくれなかったの?」 「別に隠してるわけじゃなかったんだけど。ね、絵利香ちゃん」 「そうね。話す必要がないと思ってたから」 「一応梓ちゃんは、アメリカ人ということになるのね。当然永住権もあるわけだ」 「ついでに、お母さんもアメリカ国籍だよ。お父さんは日本だけど」 「頼む。フランスに行かないでくれ」  突然慎二が割り込んできた。 「何、言ってんだ。おまえ」 「日本の大学ならまだ何とかなるかもしれないけど、フランスになんか行かれたら… …お、俺は」  いきなり梓に抱きつく慎二。 「捨てないでくれえ」 「どさくさに紛れて抱きつくなあ!」  床に転がっている慎二を足蹴にしながら、 「悪いけど、これは真条寺家のしきたりなんだよ。英語圏に六年、その他の語圏に三 年以上留学することが、家訓に定められているんだ」 「絵利香さんはどうなの。真条寺家とは何の関係もないんでしょ」 「そうなんだけど、三歳の時からずっと一緒だったから、ついて行くことにしたの」 「腐れ縁というやつね」 「そうじゃないでしょ。梓ちゃん」 「ははは……」