思いはるかな甲子園
■ お邪魔虫2 ■  校庭の片隅にあるベンチに梓と絵利香、そして順平が座っている。 「なあんだ。そういうわけだったの」  順平からことの成り行きの説明を受ける梓と絵利香。 「その神谷さんていうのが、キャプテンの幼馴染みでね、表面的には喧嘩ばかりして いますが、内心だかは好き合っているというもっぱらの噂ですよ」 「へえ、そうなんだ」 「仲がいいほど、喧嘩もよくするってよく言うわよね」  絵利香が右指を頬に軽くあてて空を仰ぐように呟いた。 「でもさ。ボクが来る以前はそんなに汚かったんですか?」 「え、まあその通りです。」 「ふうん……ヌードポスターとかが壁に貼ってあったりとか?」  順平の顔色を伺いながら尋ねる絵利香。 「そ、そうです」 「ポスターくらいならいいんじゃないかなあ。普通の男の子なら当然のことじゃない の」  かつての野球部部室の実情を知っているし、男の子の気持ちを痛いほどに理解して いる梓ならではの言葉である。 「まあ、いろいろと部員で相談して決めたことです」 「そっかあ……」  ふと空を見上げ、片手で掻きあげた長い髪からほのかな香りが漂う。  部室でたむろしている部員達。 「しかし梓ちゃんがマネージャーになって、本当によかったなあ。俺達運がいいよ、 この間の風紀委員会の部室検査の時だってさ」 「ああそうだ。かわいい声でボクなんていうところが、ぞくっとして快感だよな」 「スタイルもまあまあだし、おめめぱっちりでかあいいしなあ。ちょっと胸が小さい けど……」 「馬鹿野郎! 本人の前でそれだけは絶体に言うなよ。怒ってやめられたらたいへん だ」 「女の子は胸の大きさじゃねえ」 「妹にしていつでも一緒にいたいよ」 「おめえの妹、ひでえもんな」 「ああ、ひでえ」 「あ、こいつ梓ちゃんの写真持ってやがる」 「何! 見せろ」 「いつのまに取りやがったんだ」 「おい、いつまでさぼっているんだ。練習時間はとっくに始まっているぞ」  いつのにか入ってきていた主将が一喝した。 「それがこいつ、梓ちゃんの生写真を隠し持っていたんだよ」 「馬鹿やろう。俺にも焼増してくれ」 「キャプテン!」 「冗談だよ。さあ、はじめるぞ」 「はい!」  数週間後のファミレス。  端末を持ってオーダーを受ける梓。  その表情は暗くて硬い。なぜなら……。  テーブルには常連客となった野球部員達がいるからだ。  今日の面子は、武藤・熊谷・安西、そして郷田である。家が金持ちで財布に余裕が ある武藤は必ず来ている。反対に一度も顔を見せないのが、家がすし屋のため手伝い で、配達・集金の出前持ちに駆けずり回っている山中主将。もちろん家業手伝いのた めに、彼にはバイク乗車許可証が学校側から発行されている。 「あ、俺は、ハンバーグステーキ。ライス大盛りね。あと、やまかけそば」 「俺は、ギョウザとオムライス。天ぷら味噌煮込みうどん」 「チャーシューラーメンに牛丼大盛り」 「カツカレーにちゃんぽん麺」  何度か通って、梓達のタイムスケジュールや担当テーブルを把握してしまった部員 達。あまり迷惑を掛けないようにとの配慮で、昼食時間帯を外してくれているとはい え、迷惑なことには違いない。がしかし、お客様はお客様。丁寧至極に応対する梓達。  しかし食べ盛りの男子野球部員。そのオーダーはライス物と麺類という組み合わせ で、ほとんど二人前である。さすがにこれには驚かされる梓だった。実は、梓が浩二 だった頃には、三人前をぺろりと平らげていたのだが、すっかり記憶から消えている。 (どうでもいいけど、懐具合は大丈夫なのかしら? コンビニでバイトしてる先輩も 多いけど)  ファミレスだから、お値段はわりとお手頃価格になっているとはいえ、数日に渡っ て来店していりゃ、財布も底をつく。それでバイトの日数を増やして、稼いでいたと したら本末転倒である。そんな暇があったら野球の練習でもしたほうが良い。  お邪魔虫ではあるが、彼らもコンビニなどでバイトしている者もいるせいか、仕事 中の梓達に話し掛けてはいけないという節度はわきまえているし、 「ウェイトレスさん! スプーン落としたので取り替えてください」  というように、「梓ちゃん」などと馴れ馴れしく個人名で呼んだりもしない。  ただ素敵なユニフォームを着て、かいがいしく働く可愛い姿を見るだけで満足して いるようだ。
     
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