美奈の生活 for adlut episode-1
「お、おまえは?」
「パパ、ママとはうまくいってる?」
姿はもちろんのこと、声も美奈そのものだった。
「あなたは一体、誰ですか?」
「誰もなにも、ボクだよ。美奈」
「しかし、美奈は……」
かつての自分自身が目の前に現れて茫然自失状態となっている加奈子。
美奈の脳が加奈子の身体に移植されて、本体である美奈自身の身体は第三者に渡ったは
ずである。
それがここに現れたということは、美奈の身体に脳移植が行われて、当の本人が訪問し
てきたと考えるのが妥当である。
「そうか、判ったぞ! おまえは、静香だな。美奈の身体を手に入れて自分自身の脳を移
植したんだ」
一番ありうる可能性である。
脳移植の手はずを、すべて取り仕切っていたのは静香である。
美奈の身体に自分自身の脳を移植することも最初から考えていたことに違いない。
「ピンポーン! 当たりよ。あたしは静香」
「企んだな」
「……。まあ、とにかくここで立ち話もなんだから、応接室でじっくり話し合いましょ
う」
応接室のソファーに対面する三人。
長椅子に俊介と加奈子が並んで座り、一人椅子に美奈が座っている。
「聞かせてもらおうか」
俊介が美奈を睨みつけるように訪ねる。
「そうねえ……。何から話そうかしら……」
天井を見上げぽつりぽつりと話し始める美奈。
あの交通事故で加奈子が、埼玉医大総合医療センターに運ばれた時に話は戻った。
母親である加奈子は、救いようのない完全な脳死状態であった。
しかし身体は生きているので、誰かの脳を移植すれば生き返る。
その候補として第一に挙げられたのが美奈だった。
元々性転換手術を受ける予定であったから当然の結論であろう。
生殖機能のない性転換手術を受けさせるよりも、脳移植を行えば完全な女性に生まれ変
われる。
なおかつ夫の俊介には、妻が戻ってくるということになる。
そこで、父親の俊介に脳移植を持ちかければ、拒絶はしないだろうと判断したのである。
そして残った美奈の身体に自分が入り込んでしまおうと企んだのである。
静香の少年時代は、男女とかオカマなどといじめられる、悲惨な人生体験の繰り返しだ
った。
加奈子の交通事故は渡りに舟の事件と言えたのである。
学校や近隣社会から女の子として認知されている美奈として生まれ変わり、改めて女の
子としての人生をやり直そうと考えたのだ。
「それで俺をだまして美奈の身体を乗っ取ったというわけか?」
「乗っ取ったなんて言い方はやめて欲しいわね」
「結果的にはそうなるじゃないか」
「脳移植はすでに実施され、こうしてここに三人が集まっている。母親の加奈子さんの脳
はすでに廃棄されて、もはや戻ってこないから元に戻ることは不可能ということ」
「それはおまえが仕組んだことじゃないか」
「もう一度考え直してみてよ。今の新しい生活で、何か不都合なことはあるかしら?」
と言いながら、俊介と加奈子を交互に見つめる美奈。
もちろん夫婦生活のことを指していることは間違いない。
夫として妻として、普段の生活も夜の生活も不自由することなく上手くいっていること
である。
脳移植を行われて加奈子として生まれ変わってからも満足していたのである。
「それぞれ上手くいっているのだから、今更この生活を変える必要はないでしょう。しか
し足りないものがあるはずよね」
美奈が何を言いたいかはすぐに理解できた。
つづく
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