美奈の生活 for adlut episode-1

 臓器移植に関して、親子だからこそ免疫が合わない理由はこうだ。  免疫をつかさどる遺伝子として、すべての人は父親と母親との双方から受け継がれる二 組を持っている。  父親の遺伝子が【Aα】、母親が【Bβ】という遺伝子を持っていれば、その子供には 【AB】【Aβ】【αB】【αβ】という四組のいずれかが子供に引き継がれる。これは 血液型で考えれば判ることである。  O型の血液をA型の人に輸血が可能なように、ある程度の融通が利く血液型と違って、 免疫型は二組の遺伝子共一致しなければ、完全な移植は成功しない。  肝臓や腎臓などは、型が一致しなくともある程度可能ではあるが、一生の間免疫抑制剤 を投与する必要があるし、骨髄移植などは完全に一致しなければ不可能という場合もある。  前述の通りに家族間で完全に遺伝子の型が合う可能性があるのは、1/4の確率で両親 から同じ遺伝子を受け継いだ場合の兄弟間だけである。 「だから、仮に加奈子さんの生殖器を美奈ちゃんに移植できても、生涯免疫抑制剤を飲む 必要があるし、後日に免疫不全が生じてせっかく移植した臓器を取り出す手術を受けなけ ればならない可能性もあるということよ」 「そうか……」  静香の説明を受けて納得する俊介。  その様子を見て、静香はさらに言葉を紡いだ。 「それにね。もし上手くいったとしても、美奈ちゃんの身体には加奈子さんのものがそっ くり移植されるわけよね。あなたが長年愛して病まなかった加奈子さんのすべて、あなた の性欲を満たしてくれたすべてのものを、美奈ちゃんが受け継ぐわけよ。これがどういう ことか判る?」 「何が言いたいのだ?」 「だからあなたはそれを知って平気でいられるかと聞いているのよ。あなたと加奈子さん は仲がとても良かったわよね。それは取りも直さず夜の生活のほうも満足いく関係があっ たと思う。男としてのあなたの性欲も、程よく解消されていたというわけよ。でも、加奈 子さんがいなくなった今、あなたの性欲を満たしてくれる女性はいないわ。しかし考えて みれば、その加奈子さんのすべてを美奈ちゃんが持っている。しばらくは父親としての理 性が働くでしょうけどね……。でもそれもいつまで続くかどうか……」  「ば、馬鹿なことを言うな。どうして父親のわたしが美奈を……」 「いいえ! 所詮、あなたとて性欲にしばられた男なのよ。数日間セックスを絶たれれば、 朝の目覚めに知らずに夢精してしまったことを気づかされることになるオスなのよ。夢精 を繰り返して、やがてその矛先は美奈ちゃんに注がれる。そこにはあなたの性欲を満たし てくれた加奈子さんのすべてを持つ美奈ちゃんがいる。どう? そんな美奈ちゃんと生活 を続けていても、これっぽっちも性欲を発情させない自信があると言い切れる?」 「そ、それは……」  俊介は独身時代を思い起こしていた。  毎日にようにオナニーを続け、ちょっとそれが途切れると夢精していた。  まさしく静香の言うとおりであった。  男の性欲の何たるかは理解できた。  今までは妻である加奈子がいて、そのすべてを受け止めてくれていた。  しかし、突然としてその存在がいなくなった今、加奈子のすべてを受け継いだ美奈がそ ばにいたら、我を忘れて襲いかかるかも知れない  可能性は十分にあった。 「もういい。もう、何もいうな!」  しばらくの沈黙があった。  やがて静香が口を開いた。 「まあ、あなたに性欲を抑える自信があるなら、臓器移植もいいけど……。でもね、それ に代わるもっと良い方法があるわよ」 「良い方法とはどういうことだ」 「加奈子さんのものを美奈ちゃんに移植するのは、あなた次第として……。わたしなら、 その反対のことをお勧めするわ」 「反対のこと?」 「美奈ちゃんの脳を、加奈子さんの頭に移植するのよ。脳移植をして、加奈子さんの方を 生き返らせるのよ」 「なんだと! 加奈子を生き返らせる?」 「そうよ。脳細胞を形作る神経細胞には免疫反応が起きないの。脳から分化した眼球の角 膜も同様にして、誰にでも移植ができるのはそのため。だから脳移植は免疫を起こすこと なく誰にでも可能なの」  つづく -------------------------------------------------------------------------------- 注釈 脳神経細胞には免疫機構が働かないという研究報告が長らく学会を占めていたが、最近の 研究では脳神経にも独自の免疫機構があることが明らかになってきた。【グリア細胞】と いうものが【サイトカイン】という物質を産生して、通常の免疫とは異なるサイトカイン ネットワークを形成しているというものである。 グリア細胞が抗原提示細胞としてT細胞に抗原提示をし,同時にヘルパーT細胞の分化を規 定することにより神経系での免疫病態を調節している事を明らかにしてきた。 なお角膜移植の場合は、角膜には血管がなくて、白血球などの流れる血液の存在がないか らでもある。 とまあ、そういうことなのですが……。 この小説では、単純明快に古くから伝えられてきた、脳細胞には免疫反応が起きないとい う前提で話を進めていきたいと思います。
     
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