1. 網膜色素変性症とは
網膜色素変性症は目の中にあってカメラでいえばフィルムに相当する網膜という膜に異常をきたす遺伝性、進行性の病気です。網膜は光を神経の信号に変える働きをします。そしてこの信号は視神経から脳へ伝達され、私たちは光を感じることができるわけです。網膜には色々な細胞が存在していてそれぞれが大切な働きをしていますが、網膜色素変性症ではこの中の視細胞という細胞が最初に障害されます。視細胞は一番最初に光に反応して光刺激を神経の刺激すなわち電気信号に変える働きを担当しています。この視細胞には大きく分けて2つの種類の細胞があります。ひとつは網膜の中心部以外に多く分布している杆体細胞で、この細胞は主に暗いところでの物の見え方とか視野の広さなどに関係した働きをしています。もうひとつは錐体細胞でこれは網膜の中心部である黄斑と呼ばれるところに分布して、主に中心の視力とか色覚などに関係しています。網膜色素変性症ではこの二種類の細胞のうち杆体が主に障害されることが多く、このために暗いところで物が見えにくくなったり(とりめ、夜盲)、視野が狭くなったりするような症状を最初に起こしてきます。そして病気の進行とともに視力が低下してきます。ここで問題となるのは、網膜の能力を表す矯正視力(眼科でレンズを使用して測定する視力)で、裸眼視力の低下は病気の進行や網膜の能力と関係ありません。また一口に網膜色素変性症といっても原因となる遺伝子異常は多種類ありますので、それぞれの遺伝子異常に対応した網膜色素変性症の型があるため人によって症状も多彩です。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
網膜色素変性症の頻度は通常4,000人から8,000人に一人と言われています。比較的多く見積もるには大体5,000人に一人、少なめに見積もるには大体10,000人に一人と考えればよいでしょう。網膜色素変性症は遺伝病(遺伝子が原因の病気)ですが、実際には明らかに遺伝傾向が認められる患者さんは全体の50%程度であとの50%では親族に誰も同じ病気の方がいないのです。遺伝傾向が認められる患者さんのうち最も多いのは常染色体劣性遺伝を示すタイプでこれが全体の35%程度、次に多いのが常染色体優性遺伝を示すタイプでこれが全体の10%、最も少ないのがX連鎖性遺伝(X染色体劣性遺伝)を示すタイプでこれが全体の5%程度となっています。
3. この病気はどのような人に多いのですか
網膜色素変性症には男女の差はほとんどありません。
常染色体劣性網膜色素変性症ではしばしば両親が血族結婚であったり、同じ村の出身や遠い親戚どおしであったりします。またこのタイプの遺伝形式では通常兄弟姉妹に同じ病気の患者さんがいても親子で同じ病気ということはありません。常染色体劣性遺伝の場合は血族結婚をしなければ子供が発病する確率は非常に低いです。
常染色体優性網膜色素変性症では親から子供へ、子供から孫へそれぞれ50%の確率で遺伝しますがこの場合、通常血族結婚はありません。常染色体優性遺伝の場合、親と同じ時期に発症(主に夜盲)しなければ遺伝子異常も持っていない可能性が高くなります。
X連鎖性網膜色素変性症では通常男性が発症し(患者)、その場合患者の祖父が同じ疾患で、その娘である患者の母親が保因者(遺伝子異常は持っているが発症しない)という、いわゆる隔世遺伝の形をとります。
それぞれ発症年齢には個人差が多く出生時にすでに相当進行しているタイプや子供の頃から自覚症状を訴えるタイプもありますが40歳ぐらいになって初めて症状を自覚する患者さんも多くいます。
4. この病気の原因はわかっているのですか
この病気は視細胞や、視細胞に密着している網膜色素上皮細胞に特異的に働いている遺伝子の異常によって起こるとされています。しかし今のところ、明らかに原因となる遺伝子がわかっているのは網膜色素変性症の患者さん全体の極く一部でしかなく、大部分の患者さんではいまだ原因遺伝子は不明です。現在までにわかっている原因遺伝子としては常染色体劣性網膜色素変性症では杆体cGMP-フォスフォジエステラーゼ aおよびbサブユニット、杆体サイクリックヌクレオチド感受性陽イオンチャンネル、網膜グアニルシクラーゼ、RPE65、細胞性レチニルアルデヒド結合蛋白質、アレスチンなどの遺伝子が知られており、また常染色体優性網膜色素変性症ではロドプシン、ペリフェリン・RDS (retinal degeneration slowの略) 、ロム-1、X連鎖性網膜色素変性症では網膜色素変性症GTPase調節因子(RPGR)の各遺伝子が知られています。しかしこれらの遺伝子の異常も網膜色素変性症の極く一部でしかなく、今後さらに多数の遺伝子異常が明らかにされるものと期待されています。
5. この病気は遺伝するのですか
明らかに遺伝傾向が認められる患者さんは全体の50%で後の50%では遺伝傾向は確認できません。ただし遺伝傾向が確認出来ない場合でもどこかの遺伝子の異常であると考えるのが一般的です。遺伝傾向が認められる場合では、常染色体劣性遺伝、常染色体優性遺伝および X連鎖性遺伝の3種類ありそれぞれの遺伝形式により遺伝の仕方は様々です。各遺伝形式による遺伝の仕方は3.を参照して下さい。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
(1)に記載しましたように原因は視細胞にありますので、視細胞の障害にともなった症状がでてきます。最も一般的な初発症状は暗いところでの見え方が悪くなる(とりめ、夜盲)ことです。さらに病気が進むと次第に視野が狭くなってきます。その後、視力の低下や色覚異常がともなってきます。またこの病気は原則として進行性ですが、症状の進行度には個人差がみられます。さらに症状の組み合わせや順番にも個人差がみられ、最初に視力の低下や色覚異常で発見される場合もあり夜盲は後になる患者さんもいます。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
この病気には現在のところ根本的な治療法はありません。対症的な方法として、遮光眼鏡(通常のサングラスとは異なるレンズ)の使用、ビタミンAやその仲間の内服、循環改善薬による治療、低視力者用に開発された各種補助器具の使用などが行われています。
遮光眼鏡は明るいところから急に暗いところに入ったときに感じる暗順応障害に対して有効であるほか、物のコントラストをより鮮明にしたり、また明るいところで感じる眩しさを軽減させたりします。ビタミンAはアメリカでの研究で網膜色素変性症の進行を遅らせる働きがあることが報告されていますが、この効果についてはさらなる検討が必要であり、通常の量以上に内服して蓄積すると副作用を起こすこともあります。
また循環改善薬による治療では必ずしも全員に対して有効であるわけではないのですが、使用により視野が少し広がる、明るくなる患者さんがみられます。
確実な治療法がない現在、最も重要なことは、眼科疾患の中でも非常に進行の遅い疾患ですので、視力視野の良いうちから慌てないこと、矯正視力や視野結果を理解して自分の進行速度を把握すること、進行速度から予測される将来に向けて準備をすること、視機能が低下してきても各種補助器具を用いて残存する視力視野を有効に使い生活を工夫することです。補助具のうち拡大読書器などを使えば、かなり視力が低下してからも字を読んだり書いたりすることが可能です。コンピューターの音声ソフトによるインターネットやメールも重要です。
また、将来期待される治療法として、遺伝子治療、網膜移植、人工網膜などの研究が主として動物実験で行われています。これらの治療法はまだ実際に誰に対しても行いえる治療法とはなっておらず、現時点では実験段階ですがその成果は次第に上がってきているようです。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
この病気は原則として進行性ですが、その進行の早さには極めて個人差があります。30代でかなり視機能(視力、視野を合わせた呼び名)が低下する方もいれば、70歳でも1.0の良好な視力の方もいます。長い経過の後に字が読みにくい状態(矯正視力0.1以下)になる方は多いですが、暗黒になる方はむしろあまり多くありません。この個人差はこの病気の原因となっている遺伝子異常が非常に多彩であるため、ひとりひとりが異なった遺伝子異常であることに由来するのかもしれません。しかし、同じ家系の中で当然同じ遺伝子異常と考えられる患者さんでもその進行度や重症度に差のある場合も判明してきましたので、まだわかっていない色々な要因によって病気の進行度や重症度が左右されている可能性があります。したがって同じ病名であるからといって同じ症状や重症度、進行度を示すわけではないことを十分に理解して下さい。その上で自分の病気の進行度や重症度を専門医に診断してもらうとよいでしょう。進行度をみるためには当然1回の診察だけでは診断は不可能です。定期的に何回か診察や検査を受けて初めてその人の進行度を予想することができます。
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