1. 表皮水疱症(先天性表皮水疱症)とは
皮膚は、外界に接する側から順に、表皮、真皮および皮下組織の3層から成り立っています。表皮と真皮の間には、基底膜と呼ばれる強靭な膜が存在し、表皮の一番下層にある基底細胞がこの基底膜に鋲でとめられています。
先天性表皮水疱症とは、皮膚の外表に近い部分(表皮ならびに真皮上層)や粘膜に水疱やびらん(ただれ)を生じる遺伝性の疾患です。正常な皮膚でも、強い外力や摩擦により水疱が生じます(スポーツ後の手や足にできるまめなど)が、この先天性表皮水疱症という疾患は、日常生活における非常に弱い外力でも容易に水疱やびらんを形成してしまいます。重症の場合には、繰り返して形成される水疱やびらんのために手や足の指趾の皮膚が癒着してしまったりして、日常生活が困難となることもあります。
表皮水疱症は、その遺伝形式と水疱の初発する部位によって以下の3型に大別されます。
(a)単純型表皮水疱症
(b)接合部型表皮水疱症
(c)栄養障害型表皮水疱症(優性と劣性型)
最近の研究の進歩により、それぞれの疾患のおきる原因も解明されてきています(後述)。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
日本における表皮水疱症の推定患者数は、500〜640人です(1994年厚生省稀少難治性皮膚疾患調査研究班の全国調査による)。各病型の割合は、単純型と劣性栄養障害型が最も多くそれぞれ32%、33%で、優性栄養障害型が21%、接合部型が7%、その他7%となっています。
アメリカでは国家水疱症登録制度があり、約2,000例が登録されています。各病型に比率は単純型52%、接合部型8%、優性栄養障害型11%、劣性が18%と報告されています。
3. この病気はどのような人に多いのですか
疾患の発生する男女比はおよそ1:1です。ほとんどが、生下時あるいは1歳未満の乳児期より発症します。優性栄養障害型はそれよりもややおくれて幼少期に発症することもあります。
4. この病気の原因はわかっているのですか
いずれのタイプの表皮水疱症もその原因がわかってきています。
(a)単純型表皮水疱症
表皮の一番下層(真皮側)にならんでいる基底細胞が融解することによって生じます。
専門的には、表皮を構成する微細構造のうち、細胞の骨格であるトノフィラメント、およびトノフィラメントを基底細胞の底面に接着させる装置であるヘミデスモゾームに異常が認められ、原因となる遺伝子異常としては、前者はケラチン5、14遺伝子、後者はプレクチン遺伝子の異常が報告されています。
(b)接合部型表皮水疱症
表皮と真皮は基底膜という強靭な膜で境界されていますが、この基底膜から表皮がはがれて、はがれた部分に水疱を生じることがわかっています。
専門的には、接合部(表皮・真皮境界部)において鋲の役割をしているヘミデスモゾームや、表皮細胞を基底膜につなげている線維であるアンカリングフィラメントの異常が認められ、原因となる遺伝子としてラミニン5、α6とβ4インテグリン、180kD類天疱瘡抗原などの異常が指摘されています。
(c)栄養障害型表皮水疱症
基底膜と真皮とをつないで安定させている係留繊維と呼ばれる繊維束がありますが、その構成成分としてVII型コラーゲンが明らかになっています。このVII型コラーゲンの異常によって基底膜と真皮の結合が悪くなり、水疱を形成するのがこのタイプの水疱症です。
5. この病気は遺伝するのですか
表皮水疱症は遺伝します。
(a)単純型表皮水疱症
ほとんどが常染色体優性遺伝です。まれに常染色体劣性遺伝を示す病型もあります。
(b)接合部型表皮水疱症
ほとんどが常染色体劣性遺伝です。まれに常染色体優性遺伝を示す病型もあります。
(c)栄養障害型表皮水疱症
常染色体優性遺伝、あるいは常染色体劣性遺伝を示します。
ここで、遺伝の形式について簡単に示します。ヒトの染色体は22対(44本)の常染色体と2本の性染色体の計46本の染色体から構成されています。常染色体・性染色体とも1本は父から他の1本は母から受け継ぎます。つまり常染色体は、同じものが2本ずつあるのですが、優性遺伝というのは、1本でも異常であればたとえ他の1本が正常であっても病気になるということであり、劣性遺伝は父と母から譲り受けた2本とも異常なときにはじめて病気になるというものです。現在、この病気になる原因の遺伝子が次々と解明されており、その遺伝子の異常を検討することで、子供が病気になる可能性を推定したり、出産前に胎児が病気かどうかを診断する出生前診断もすすんでいます。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
すべての病型に共通するのは、前述の通り、非常に軽微な外力(機械的刺激)で、容易に水疱やびらんを生じるということです。幼少時から始まり、長年にわたって症状が持続することも特徴です。
(a)単純型表皮水疱症
水疱が表皮内にできるため、水疱やびらんの治癒した後に瘢痕や皮膚萎縮を残さない(きれいに治る)のが特徴です。この病型の中には、皮疹が手足に限局するタイプや筋肉の萎縮を伴うタイプのものもあります。ある病型のものは、夏に増悪して冬に軽快する傾向や、加齢に伴い軽快する傾向のあるものもあります。
(b)接合部型表皮水疱症
治癒するときに、瘢痕は残さないが、皮膚萎縮を残すのが特徴です。
(c)栄養障害型表皮水疱症
加齢に伴い軽快傾向が見られるものが多いですが、治癒後の皮膚瘢痕や爪の変形、指趾の癒着をきたすこともあります。ときに、口腔や消化管の粘膜も軽度に障害されます。
重症例では、全身に水疱・びらんが多発し、著明な瘢痕を残します。歯や爪、頭髪の異常や、粘膜障害が高頻度に見られ、いろいろな機能障害をきたします。多くが、生涯を通じて難治性です。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
所的治療としては、水疱を壊さないように内溶液を吸引後、抗生物質の含まれた軟膏を貼付します。掻痒が強い場合には、症状をとる目的で止痒剤(かゆみ止め)を使用することもあります。指趾間が癒着の危険のある病型では、間にガーゼを挟んで予防に努めます。
栄養不良になる症例では、点滴や経鼻にて栄養を補給することがあります。
治療とは異なりますが、遺伝カウンセリングも行っています。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
多くが慢性で難治性であり、水疱の治癒と新生を繰り返しますが、病型によって予後は大きく異なります。
(a)単純型表皮水疱症
多くは加齢とともに軽快します。
(b)接合部型表皮水疱症
重症型は、乳幼児期から小児期までに死亡することが多いですが、軽症型では、限局的に水疱、びらんを繰り返すものの、普通の社会生活を送ることが可能です。
(c)栄養障害型表皮水疱症
優性型では、加齢とともに水疱・びらんの新生は減少してくることがほとんどです。粘膜が障害されることもありますが、多くは軽度であり、生命に影響を与えることはほとんどありません。
劣性型では、症状の推移に個人差があり、重症型では水疱やびらんが汎発し、皮膚付属器(頭髪、爪)や歯などの形成異常を認めることもあります。ある種の病型(反対型)では女性の場合に、思春期から閉経期まで軽快傾向が見られますが、多くの病型では、生涯難治性で、皮膚・粘膜の種々の機能障害を認めます。
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