1. 劇症肝炎とは
肝臓は、身体に必要な物質を合成し、老廃物を排泄するなど、生命活動にとって重要な役割を担っています。肝臓の中で、これらの働きを担う細胞(肝細胞)が急激に大量に壊れることによって、その機能が低下していく病気が劇症肝炎です。肝臓の機能が低下すると、血液を固めるために必要な凝固因子の産生が失われ、また、老廃物の蓄積により意識障害(肝性脳症)が出現します。もともと健康な人に全身のだるさ、吐き気、食欲不振など急性肝炎と同じ症状が現れてから8週間以内に肝性脳症が見られ、凝固因子の血液中での濃度がある値以下になった場合に劇症肝炎と診断します。肝細胞は増殖する能力に富んでいるために、急性肝炎の大部分は、肝細胞が壊されても自然に元の状態に戻ります(肝再生)。しかし、劇症肝炎では、この破壊が広くおよぶために、肝細胞の増殖が遅れて、適切な治療を行わないと高頻度に死に至ります。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
わが国における劇症肝炎の患者さんの数は年間約1,000人と推定されます。これは急性肝炎患者さんの数の1〜2%になります。
3. この病気はどのような人に多いのですか
劇症肝炎は新生児から高齢者まであらゆる年齢層で、男女を問わず発症します。最近では、B型肝炎ウイルス保菌者からの発症や、もともと肝臓病以外の病気のために薬物治療を受けていた患者さんが劇症肝炎になる場合が増える傾向にあります。
保菌者の方は、肝機能が正常な場合でも劇症肝炎となることもあると心得て、尿が紅茶にように褐色となったり、皮膚や目の白い部分が黄染するなど黄疸が疑われたりしたら、直ちに医療機関を受診して下さい。他の病気に対して副腎皮質ステロイド投与などの薬物の治療を受けたことをきっかけとして、保菌者に劇症肝炎が発症する場合もあります。治療前には肝臓専門医に相談して、予防処置を行う必要があります。また、B型肝炎ウイルス感染が性交渉を介して感染し、保菌者以外の方が劇症肝炎を発症する場合もあります。パートナーが保菌者の場合にはワクチンによる予防も可能です。
4. この病気の原因はわかっているのですか
劇症肝炎は、肝炎ウイルスの感染,薬物アレルギー,自己免疫性肝炎などが原因で起こります。わが国では、B型肝炎ウイルスの感染によることが最も多く、全体の約40%を占めています。これには、B型肝炎ウイルスの保菌者が発症する場合と、他の保菌者から感染して発症する場合とがあります。A型肝炎ウイルスの感染によることもありますが、その発生頻度はA型肝炎ウイルス感染が流行する年によって異なります。C型肝炎ウイルス感染もその頻度はわずかですが劇症肝炎になる場合があります。
B型肝炎ウイルス感染に次いで多いのは、成因が確定できないもので、全体の約30%を占めています。薬物アレルギーや自己免疫性肝炎が原因と確定したものは、何れも10%以下を占めるに過ぎません。しかし,成因の確定できない患者さんには、未知の肝炎ウイルスが感染して起こる場合以外に、薬物アレルギーや自己免疫性肝炎が原因のものが含まれている可能性があり、その実態を解明することが今後の課題です。また、A型やB型肝炎ウイルスが原因の場合には、急性肝炎と原因が同じなのにもかかわらず、なぜ一部の人で重症化して劇症肝炎になるのかは、わかっておりません。
5. この病気は遺伝するのですか
劇症肝炎は遺伝することはありません。しかし、B型肝炎ウイルスは母親が保菌者であると、出産時に感染した子供が保菌者になることがしばしば見られます。もし、親・兄弟または子供がB型肝炎ウイルス保菌者で発症した劇症肝炎とわかったら、念のためご自分にはウイルスが感染していないかを血液検査で見ておくことをお勧めします。
6. この病気ではどのような症状がおきますか
最初の症状としては、発熱、筋肉痛などの感冒様の症状、全身のだるさや食欲不振などが多く見られます。次いで,尿が濃褐色になるとともに黄疸が見られるようになります。最初の症状が軽度で黄疸により初めて病気に気づく場合もあります。
急性肝炎では黄疸が出てからは全身のだるさなど最初の症状は軽くなりますが、劇症肝炎になっていく場合は、これが持続するか逆に悪くなり、やがて肝性脳症が現れます。
肝性脳症の程度は様々です。昼と夜の睡眠リズムの逆転、服装や姿勢が乱れていても無関心でいたりするなど、さらには、場所、人、時間などを間違えたり、興奮して暴れたりするようにもなります。重症になりますと,眠ったままで呼びかけや痛み刺激に反応しない状態(肝性昏睡)に陥ります。
劇症肝炎では、細菌の感染や腎臓、肺、心臓、消化管などの異常、血液凝固の異常など、全身の臓器に高頻度に障害が次第に起こります。そのため、発熱、呼吸困難、むくみ、下血、口腔内や注射針で刺した部位からの出血など、色々な症状が次々と現れることになります。
7. この病気にはどのような治療法がありますか
B型肝炎ウイルスの感染が原因の場合は、ラミブジンやインターフェロンと呼ばれる抗ウイルス療法が最も有効です。また、自己免疫性肝炎や薬物アレルギーが原因の場合は副腎皮質ステロイドを大量に点滴するパルス療法を実施します。これらの治療を肝性脳症が現れる前から行うことにより,劇症肝炎への進行を抑えることができることもあります。
劇症肝炎となった場合には、原因の如何にかかわらず、肝臓の働きを補うための人工肝補助療法を行って、身体に必要な物質を補充し、老廃物を取り除きます。この治療法には,患者さんの血液から血球以外の成分(血漿)を取り除き,これを健康な人の血漿と交換する方法(血漿交換)と、腎臓が悪い患者さんで行われている血液透析を応用した方法(血液濾過透析)があります。通常は両方が併用されます。また、全身の臓器障害に対しても、適時に治療を行う必要があります。これらの治療により肝臓の機能が低下している期間を乗り切れると、肝臓が再生してくるので救命することが可能です。
しかし、劇症肝炎ではこのような治療によっても肝臓の機能が回復しないことがあり、その際は肝移植を行うことになります。脳死者からの肝臓を移植する場合と、近親者の肝臓の一部分を移植する場合(生体部分肝移植)がありますが、わが国では生体部分肝移植が広く行われております。従来、生体部分肝移植は主に小児に行われておりましたが、最近では成人でも積極的に行われるようになりました。
8. この病気はどういう経過をたどるのですか
劇症肝炎は、最初の症状に気づいてから肝性脳症が現れるまでの期間が10日以内の場合(急性型)と11日以降の場合(亜急性型)に分類されますが、経過は急性型の方が良好です。
1998-2003年に劇症肝炎となった患者さんについて全国の主な病院から集めてまとめた結果によると、急性型の54%、亜急性型の24%が肝移植をせずに救命されました。A型肝炎ウイルスが原因の場合には急性型がほとんどで、特に経過は良好でした。また、年々、生体部分肝移植を受ける患者さんが増えており、これらも含めると、救命率は急性型が56%、亜急性型が39%に昇っております。数年前までは、この救命率が急性型で30〜40%、亜急性型で10〜20%であったことから見ますと、劇症肝炎の治療法は明らかに進歩しており、救命される患者さんが増えていると考えられます。
肝移植を受けずに救命された場合には、通常は全てに後遺症を残すことなく治癒します。しかし、肝臓が肝硬変にまで進行していまい、その後の管理が必要となる場合も一部にあります。肝移植により救命された後は、移植された肝臓が他人のものであるので、身体から拒絶反応によって排除されないように免疫抑制薬を一生涯服用する必要があります。
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