難病(特定疾患)と生活保護・社会保障を考える【携帯/モバイル版】

この場を借りて、難病(特定疾患)と生活保護などの社会保障制度について考えてみたいと思います。

HTLV-1 関連脊髄症(HAM)/診断・治療指針

特定疾患情報

■定義、概念
HTLV-1-associated myelopathy (HAM)は、成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスであるHuman T lymphotropic virus type 1 (HTLV-1)のキャリアにみいだされた慢性進行性の痙性脊髄麻痺を示す一群として、1986年に日本から提唱された疾患単位である。一方、カリブ海諸国で熱帯性痙性麻痺(Tropical spastic paraparesis:TSP)患者の6割にHTLV-1陽性者がいることが明らかとなり、HTLV-1陽性TSPとHAMは同一疾患としてHAM/TSPと呼称することがWHOから提唱されている。その臨床像・病理像の確立、発症病態の分子機構について我が国を中心に精力的に解析がすすめられている。HTLV-1感染に関連する疾患が種々報告されているが、HTLV-1キャリアの大多数は生涯にわたってATLやHAMなどを発症しない。

■疫学
患者は西日本を中心にHTLV-1感染者の多い九州・四国、沖縄に多いが、全国的に分布しており、東京や大阪など、人口の集中する大都市では九州に匹敵する数の患者が見いだされている。1998年の全国調査では1、422名の患者が確認されている。また、日本ではキャリアの1、000人に1人の割合でHAM患者が存在すると報告されている。世界的にみても、HTLV-1キャリア、ATLの分布と一致してカリブ海沿岸諸国、南アメリカ、アフリカ、南インド、イラン内陸部などに患者の集積が確認されており、それらの地域からの移民を介して、ヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国など、世界的に患者の存在が報告されている。HTLV-1の感染経路として母乳を介する母子間垂直感染と、輸血、性交渉による水平感染が知られているが、そのいずれでもHAMは発症し、輸血後数週間で発症した例もある。感染後長期のキャリア状態を経て発症するATLとは異なっている。輸血後発症するHAMの存在の指摘をうけて、1986年11月より日赤の献血に抗HTLV-1抗体のスクリーニングが開始され、以後、輸血後発症がなくなった。発症は中年以降の成人が多いが、10代、あるいはそれ以前の発症と考えられる例もある。男女比は1:2.3と女性に多く、男性に多いATLと対照的である。

■病因
HTLV-1感染が一義的に原因であるが、感染者のごく一部にのみ発症する機序はわかっていない。患者脊髄は胸髄全長にわたって萎縮しており、病理組織所見ではリンパ球・マクロファージの浸潤による慢性炎症が胸髄中・下部に強調されてみられる。炎症周囲の脊髄実質の軸索、髄鞘の崩壊変性がみられる。HTLV-1は脊髄に浸潤しているTリンパ球のみに感染しており、その量に比例して炎症が強い。また、脊髄炎症巣でHTLV-1抗原はリンパ球に発現しており、免疫応答のターゲットとなっていると考えられる。HAMの発症機序として、感染Tリンパ球が脊髄に浸潤し、その場でウイルス抗原を発現することにより、感染リンパ球を排除しようとするウイルス特異的免疫応答が生じ、その炎症反応に巻き込まれて周囲の脊髄組織が傷害されていると考えられている。

■症状
基本的な臨床症状は緩徐進行性の両下肢痙性不全麻痺で、下肢筋力低下と痙性による歩行障害を示す。膝蓋腱反射、アキレス腱反射は亢進し、明瞭なバビンスキー徴候がみられる。通常、上肢は筋力低下などの自覚症状を欠いているが、深部腱反射は亢進していることが多い。感覚障害は運動障害に比して軽度にとどまる例が多く、しびれ感や痛みなど、自覚的なものが多い。一方、自律神経症状は高率にみられ、特に、排尿困難、頻尿、便秘などの膀胱直腸障害は病初期よりみられ、主訴となることも多い。その他、進行例では下半身の発汗障害、起立性低血圧、インポテンツなども認められる。これらの症状はいずれも脊髄の傷害を示唆するものであり、HAMの中核症状となっている。それに加え、手指振戦、運動失調、眼球運動障害、あるいは軽度の痴呆を示し、病巣の広がりが想定される例もある。しかし、そのような症例でも中核症状としての両下肢痙性不全麻痺は共通に認められる。

■治療
HAMの病態に対応した治療が重要で、明らかな症状の進行がみられ、髄液ネオプテリン高値、末梢血中プロウイルス高値などの指標より炎症の活動期と判断される例では、過剰な免疫応答を調整する免疫療法や抗ウイルス療法が必要である。一方、炎症の活動性がほとんどないと考えられる例では、痙性や排尿障害に対する対症療法や、継続的なリハビリテーションが推奨される。活動期の治療として、副腎皮質ホルモン剤がもちいられるが、むやみに大量投与や長期間継続することは避ける。副作用、特に高齢者、女性の骨粗鬆症による骨折には十分注意が必要である。インターフェロンαはHAMに対して唯一医療保険適応となっている薬剤であるが、やはり、副作用に十分注意する必要がある。発熱やうつ状態による長期間の活動性低下は運動機能の低下につながる。一方、非活動期の治療は痙縮や排尿障害に対する対症的な薬物療法やリハビリテーションが重要で、腰帯筋・傍脊柱筋の筋力増強やアキレス腱の伸張により、歩行の改善が得られる。間歇自己導尿の導入により外出への不安解消や夜間頻尿による不眠の改善など、ADLの改善が期待される

■予後
通常は緩徐進行性で慢性に経過するが進行が早く数週間で歩行不能になる例もみられる。高齢での発症で進行度が早い傾向があり、重症例では両下肢の完全麻痺、体躯の筋力低下による座位障害で寝たきりとなる。一方で、運動障害が軽度のまま長期にわたり症状の進行がほとんどみられない患者も多い。上肢の完全麻痺や嚥下や発声障害などの球麻痺を来す例はほとんどなく、基本的に生命予後は良好である。ただ、転倒による大腿骨頸部骨折、尿路感染の繰り返しや褥瘡は予後不良の因子として重要である。


情報提供者
研究班名 免疫性神経疾患
情報提供日 平成21年4月1日


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