注:文中の「TSC」は、病名を指す場合はTSC、遺伝子名を指す場合はTSC(イタリック体)で表記しています。
■概念・定義
主として妊娠可能年齢の女性に発症する稀な疾患で、労作性の息切れ、血痰、咳嗽、乳麋胸水などの症状や所見を認める。自然気胸を反復することが多く、女性自然気胸の重要な基礎疾患のひとつである。肺病変が進行すると拡散障害と閉塞性換気障害が出現するが、進行の速さは症例ごとに多様であり、比較的急速に進行して呼吸不全に至る症例もあれば、年余にわたり肺機能が保たれる症例もある。病理所見では、形態学的にやや未熟で肥大した平滑筋様細胞 (LAM細胞) が肺内にびまん性に、不連続性に増殖している。LAM細胞は集簇して結節性に増殖し、肺(嚢胞壁、胸膜、細気管支・血管周囲など)、体軸リンパ節(肺門・縦隔、後腹膜腔、骨盤腔など)に病変を形成し、リンパ管新生を伴う。腎血管筋脂肪腫を合併する場合もある。常染色体性優性遺伝性疾患の結節性硬化症 tuberous sclerosis complex (TSC)では女性TSC症例の 26〜30% に合併するとの報告もある。
本疾患は1940年前後から記載され始め、Frack ら (1968) により初めて pulmonary lymphangiomyomatosis という言葉が用いられ、Corrin ら (1975) により 28 例の臨床病理学的特徴がまとめられた。現在の pulmonary lymphangioleiomyomatosis という言葉は、Carrington ら (1977) が本疾患の生理学的、病理学的、画像の各所見の関連性を詳細に検討した際に使用され、以降、lymphangiomyomatosis 、 lymphangioleiomyomatosis 、ともに用いられ続けている。本邦においては、山中、斎木 (1970) が 2 例の剖検例と 1 例の開胸肺生検例を検討し、び慢性過誤腫性肺脈管筋腫症として報告したのが最初である。症例の集積にともない、後腹膜や骨盤腔リンパ節病変 lymphangioleiomyomaが主体で肺病変が軽微である症例の存在も認識されるようになり、「肺」を病名から除いてリンパ脈管筋腫症 lymphangioleiomyomatosis という病名で包括して呼ばれるようになってきている。
■疫学
稀な疾患であるため有病率や罹患率などの正確な疫学データは得られていない。平成15・16年に行われた厚生労働省難治性疾患克服研究事業「呼吸不全に関する調査研究班」(久保恵嗣班長)の全国調査では173例のLAM症例の情報がまとめられ、日本でのLAMの有病率は100万人あたり約1.2〜2.3人と推測されている。
■病因
TSC の病変の一つとして LAM を合併する症例 (TSC-LAM、TSCに合併したLAM) と、TSC の臨床的特徴を認めずLAM 単独の症例 (sporadic LAM、孤発性LAM) とがある。両者とも、癌抑制遺伝子として機能する TSCM 遺伝子の変異が LAM 細胞に検出され、Knudson の 2-hit 説が当てはまる癌抑制遺伝子症候群のひとつである。TSC 遺伝子には TSC1 遺伝子と TSC2 遺伝子の2種類があるが、TSC-LAM 症例は TSC1 あるいは TSC2 遺伝子のどちらの異常でも発生しうるが、sporadic LAM 症例では TSC2 遺伝子異常により発生すると考えられている。TSC 遺伝子異常により形質転換した LAM 細胞は、病理形態学的には癌と言える程の悪性度は示さないがリンパ節や肺に転移し、肺にはびまん性、不連続性の病変を形成すると考えられている。片肺移植後のドナー肺に LAM が再発した症例では、残存するレシピエント肺からドナー肺に LAM 細胞が転移して再発したことを示唆する遺伝学的解析結果が 2 施設より報告されている。
■症状・病態生理・診断
大部分の症例は閉経前の女性に発症し、平均発症年齢は 30 歳前後である。しかし、思春期前の少女で発症した報告や、閉経後に他疾患の検索中に偶然診断される症例も存在する。TSCの場合には男性での肺 LAM 発生の報告がある。
労作性の息切れ、自然気胸、などを契機に診断されることが多い。咳嗽、血痰などもみられる。乳麋胸水、乳麋腹水を契機に診断される場合もある。LAM 細胞の増殖により肺末梢血管やリンパ管に閉塞、うっ滞、破綻が生じ、血痰や乳糜胸腹水が生じると推測される。嚢胞は、LAM 細胞の増殖による細気管支の閉塞と air trapping 、LAM 細胞からの MMP-2やMMP-9の産生、等により形成されると推測される。気胸は、胸膜直下に生じた嚢胞が破綻することにより頻回に合併すると考えられる。聴診を含めた理学所見では、一般に特徴的なものはないが、TSC を合併している場合には、顔面の血管線維腫、爪囲線維腫、白斑などの皮膚病変を認めることもある。高分解能 CT は診断に非常に有用で、境界明瞭な薄壁を有する嚢胞(径 数mm〜1 cm大が多い)が肺野にびまん性に散在する像が特徴的である。胸部単純写真は CT に比べて感度が低く、正常、網状陰影、過膨張、胸水、等々の所見が病期に応じて認められる。呼吸機能検査では、拡散能の減少、閉塞性換気障害が最も多く認められる。確定診断のためには経気管支肺生検や胸腔鏡下肺生検が必要である。乳糜胸水や腹水中にはLAM細胞クラスターが検出され、生検を行わなくてもLAMの診断が可能な場合がある。
■治療
本症の進行の速さには個人差があり、個々の症例に応じた治療方針の決定が必要である。無治療でも肺機能や画像所見の著しい悪化を認めない症例もある。本症の発症と進行には女性ホルモンの関与が推測されるため、経時的に肺機能が悪化する症例では、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin releasing hormone, GnRH) やプロゲステロン製剤などの投与、卵巣摘出術、等々によるホルモン療法が行われる。卵巣摘出術とプロゲステロンの組み合わせが最も有効であったとするメタアナリシス結果や乳麋胸腹水のある症例ではプロゲステロンが有効であったとする報告もみられる。しかし、無効であったとする報告も多く、ホルモン療法の効果に関して一定の見解はない。閉塞性換気障害に対しては、β2 刺激薬や抗コリン剤などの気管支拡張薬を単独あるいは併用して投与する。気胸は再発することが多く、気胸を繰り返す症例には外科的治療を行い胸膜癒着術や臓側胸膜被覆術などの積極的な再発防止策を講じる必要がある。呼吸不全に至った症例では酸素療法が必要となり、肺移植が適応となる。
■経過・予後
臨床経過は多様であり、慢性に進行し呼吸不全に至る予後不良な症例もあれば、無治療でも進行がゆっくりで長期間にわたり呼吸機能が良好に保たれる症例もある。肺 LAM のうち、どのくらいの割合が安定した経過を示すのか、言い換えれば、どのくらいの割合の肺 LAM 症例が進行して重症化しやすいのか、明らかにはなっていない。平成15・16年に行われた日本の全国調査では、全体として10年後の生存率は76%であった。一方、LAMの診断契機となった症状や兆候に注目して生存率を調査すると、労作性の息切れを契機にLAMと診断され症例の10年後の生存率は60%、15年後の生存率は47%であったのに対し、自然気胸を契機に診断された症例の10年後の生存率は89%、15年後の生存率は89%、と発症様式による明らかな違いが認められた。
呼吸不全に関する調査研究班から
肺リンパ脈管筋腫症(LAM) 研究成果(pdf 20KB)
この疾患に関する調査研究の進捗状況につき、主任研究者よりご回答いただいたものを掲載いたします。
この疾患に関する関連リンク
リンパ脈管筋腫症lymphangioleiomyomatosis(LAM)の治療と管理の手引き(pdf 337KB)
リンパ脈管筋腫症lymphangioleiomyomatosis(LAM)診断基準(pdf 280KB)
情報提供者
研究班名 呼吸器系疾患研究班(呼吸不全)
情報更新日 平成20年6月24日
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