■概念・定義
肥満低換気症候群(obesity hypoventilation syndrome;OHS)とは,広義の肺胞低換気症候群のうち,肥満を伴う特発性肺胞低換気症候群として分類しうるもので,ピックウイック症候群(Pickwickian syndrome) と同義語である。高度の肥満,昼間の傾眠,肺胞低換気などの所見が必須であり,周期性呼吸,肺性心なども認められる。周期性呼吸は夜間及び日中の傾眠時に認められ,その主体は睡眠時呼吸モニターにて認められる閉塞型睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea;OSA) である。昼間の傾眠は,終夜にわたる睡眠時無呼吸のために睡眠が分断されることによる。
また,OHSは睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome;SAS) のうち,高度の肥満,肺胞低換気を伴った重症型と位置づけることもできる。
SASの定義は,Guilleminaultらのオリジナルのものでは「7時間の睡眠中のREM,NREM睡眠期の双方に少なくとも30回以上の無呼吸が観察され,かつ反復する無呼吸がNREM期にも認められるもの」であり,また「無呼吸指数(睡眠1時間当たりの無呼吸発作の回数)が5以上のもの」となっている。しかし高齢者や新生児ではこの基準は必ずしも妥当とはいえず,臨床的には無呼吸指数が20以上の場合を病的と考える。
■疫学
OHSの有病率に関しては,明確な数値は明らかではない。一方,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome;SAS)の有病率は,欧米では人口の2〜3%,我が国においても一般住民の1〜2%に達すると考えられている。また,欧米では成人男性の20%以上に及ぶとの報告もあり,成人病との関連のみならず,傾眠による交通事故や作業事故など社会的にも大きな課題となっている。
■病因
PaCO2の蓄積はすべてのSAS患者においてみられるわけではない。
しかし,OHS患者ではPaCO2の蓄積は覚醒時より必ず認められる。また,呼吸中枢群に対する化学感受性の低下が高率に認められ,本症の基本的病態と考えられている。
SASの病型についてはポリソムノグラフィー(PSG)の分析に基づいて,閉塞型睡眠時無呼吸(OSA)、中枢型睡眠時無呼吸(central sleep apnea;CSA)及びCSAからOSAに移行する混合型睡眠時無呼吸に分類しうる。
OSAでは上気道が虚脱して閉塞することにより無呼吸が生じるもので,胸部と腹壁の呼吸運動は持続するが双方が逆方向に動く奇異運動を呈する。上気道の開存性は,上気道を虚脱せしめようとする上気道内腔に発生する吸引圧と,開存を維持しようとする上気道開大筋群の張カ,との双方のバランスに依存しているが,OSAでは種々の原因からこのバランスが崩れ,睡眠中に上気道の閉塞が引き起こされ無呼吸が発生する。その原因として,OSA患者のほとんどは肥満を伴っており,咽頭軟部組織への脂肪蓄積により吸気抵抗が増大する結果,吸気時の気道内圧はより低圧となり気道壁の虚脱性が高まることがあげられる。同様に扁桃肥大,アデノイド,口蓋垂肥大,小顎症,上気道壁のコンプライアンスの低下などもOSAの誘発及び増悪因子となりうる。これに加え,上気道筋の活動は上気道の開口性を維持するのに重要であるため,睡眠中の上気道筋活動の低下もOSAの発生要因としてあげられる。
一方,CSAは横隔膜や外肋間筋などの呼吸筋活動が停止して無呼吸が生じるもので,胸壁及び腹壁運動の双方が停止するものである。CSAは周期性呼吸の強調された呼吸パターンであると解釈でき,これらは呼吸調節系の不安定化によってもたらされ,その要因としては,(1)循環時間の遅延化,(2)低酸素の存在下での,体内もしくは肺内のガスストアーの減少,(3)化学感受性の不安定性の増加,などがあげられる。
■症状
「いびき」、「日中における高度の傾眠」、「睡眠中の呼吸停止の指摘」の3つの徴候がそろえば,PSGを施行した場合には90%の率で無呼吸が見られる。いびきや睡眠中の呼吸停止は,患者自身のQOL(quality of life)に直接的に関係するものではないが,日中の過剰傾眠は患者の日常生活での集中力を低下させ,これが原因となり交通事故や就労効率の低下が発生しうる。この見地からも,本疾患は社会的に重要な意味を持つといえる。
■合併症
OHSは高率に循環器系疾患を合併するという特徴がある。無呼吸時には低酸素血症の進展につれて心拍数が減少し,続く呼吸再開により増加するという周期性をもった変動が観察される。睡眠時無呼吸の際には,睡眠による行動性調節の低下も加わって,著明な徐脈をきたす。しばしば,洞房ブロック,房室ブロックなどの徐脈性不整脈が観察されることもある。肺動脈圧や全身血圧も心拍数と同様の時間経過で増減を繰り返すが,前者は肺胞低酸素状態に起因する肺血管攣縮が,後者は交感神経活動の増強が主因であると推察される。これらの循環系に及ぼす多大なストレスは,長期間に及ぶことで,右心系では肺高血圧症更には肺性心を引き起こす可能性もあり,また全身的には高血圧症発症の要因となる。睡眠時の肺高血圧症や高血圧症は,特に低酸素血症の程度が強くかつ自律神経系が不安定なREM期において顕著となる。
■予後
確定診断及び重症度判定には,睡眠時モニターが必要となる。PSGが施行できないときには,簡易睡眠モニターを用いる。この際,酸素飽和度測定の併用が有用である。
肺機能検査では,本症は肥満の合併頻度が高いため,実際には肥満そのものによる呼吸機能検査値の異常を認めることが多い。肥満患者では腹腔脂肪の増加により横隔膜の挙上が生じやすい。このため,機能的残気量(FRC)の減少が容易にもたらされ,FRCがclosing capacityのレベルを下回るために換気血流の不均等分布が増大する。横隔膜挙上の影響は,重力の影響が少なくなる背臥位にて座位より顕著になる。このため,座位から背臥位になると,呼気予備量(ERV)やFRCの低下が顕著になるために低酸素血症の増悪を認めることが多い。動脈血液ガス分析では肺胞低換気所見を認める。
低酸素換気応答(HVR)や高炭酸ガス換気応答(HCVR)は,特殊な検査ではあるが,診断及び病態の把握のためには有用な検査となる(二次・三次医療機関の一部にて施行しうる)。CO2の蓄積のないSAS患者ではHCVRはむしろ亢進しているものが多いのに対して,OHS患者ではHVR,HCVRともに低値を示すことが多い。SAS患者における睡眠時低酸素血症の程度が,覚醒時の低酸素換気応答と負の相関関係を示すことが知られており,HVRの程度はSAS患者の重症度を規定する要因の1つと考えられる。胸部X線写真では,心陰影の拡大,心電図では右室肥大所見等が認められる。
呼吸不全に関する調査研究班から
肥満低換気症候群 研究成果(pdf 22KB)
この疾患に関する調査研究の進捗状況につき、主任研究者よりご回答いただいたものを掲載いたします。
情報提供者
研究班名 呼吸器系疾患調査研究班(呼吸不全)
情報見直し日 平成20年5月22日
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