■概念・定義
不応性貧血(refractory anemia)と骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome; MDS)の疾患概念は同一ではないがかなり重複する。現在では骨髄異形成症候群の名称が一般的であり、以後骨髄異形成症候群として記載する。
骨髄異形成症候群は遺伝子異常を生じた造血幹細胞のクローナルな増殖によりもたらされる。遺伝子異常を生じた造血幹細胞は赤血球、白血球、血小板のいずれかもしくはすべての血球系統においてその分化過程に障害を生じ、最終分化段階に至るものはごくわずかである。その結果、末梢血では1-3系統の血球減少を示す一方、骨髄は無効造血を反映して過形成となる。また、造血幹細胞に内在する遺伝子異常を反映して、成熟過程の血球形態は異形成と呼ばれる形態異常を呈する。造血幹細胞の遺伝子異常が蓄積し、成熟障害が進むと、芽球比率の増加に至り、一部の例では急性骨髄性白血病に移行する。このように、本疾患は前白血病状態としての性格を併せ持つ。骨髄増殖性疾患も造血幹細胞のクローナルな異常を背景とするが、血球減少でなく血球増加を主徴とする点で異なり、急性骨髄性白血病とは骨髄もしくは末梢血の芽球比率により区別される。他方で、血球減少を示し、血球形態の異形成所見も軽微な例は、再生不良性貧血との異同が問題になる。このように骨髄異形成症候群は、急性骨髄性白血病、骨髄増殖性疾患、再生不良性貧血などと接点を有する多種多様な疾患の集合体と考えられている。
■疫学
骨髄異形成症候群は中高年齢者に好発するが、稀に若年者にも見られる。欧米における患者年齢中央値は70歳で、発病者数は1年間に10万人あたり3-10名と報告されている。日本における正確なデータはないが、平成10年度の厚生労働省の特発性造血障害調査研究班による調査において、全国の患者数は7100人、有病率は10万人あたり2.7人と推定された。登録患者の年齢中央値は64歳で欧米に比してやや若く、また男女比は1.9:1であった。FAB分類による病型は不応性貧血 43%、鉄芽球性不応性貧血 5%、芽球増加を伴う不応性貧血 (RAEB) 29%、移行期RAEB 14%、慢性骨髄単球性白血病 6%であった。一方、最近の長崎市における調査で、骨髄異形成症候群全体での平均粗罹患率は年間7.34人/10万人と報告された。
■病因
骨髄異形成症候群はごく一部にFanconi貧血などの先天性血液疾患に続発するものを含むほか、放射線照射、アルキル化剤やトポイソメラーゼU阻害剤等の抗腫瘍薬投与暦をもち、治療との深い関連が推測されるものも含まれる。しかし、大多数の患者にこのような背景は確認されない。長崎における疫学調査において、被爆者では被爆後35-60年を経ても本症候群の発症率が有意に高かったこと、別の調査で毛髪染色液の使用者において本症候群の発症率が高かったことなど、自然界を含む放射能被曝や、天然に存在するものを含む有害物質の曝露が本症候群発症の危険因子となることが伺われている。いずれにせよ、骨髄異形成症候群は遺伝子変異を起こした造血幹細胞に由来する疾患であり、疾患の発症や病期の進展に深く関与する遺伝子異常を解明することが病態解明に不可欠である。現在までに知られている遺伝子異常として、AML1遺伝子などの点突然変異、exon skippingによるisoformの発現パターン変化、プロモーター領域のメチル化による遺伝子発現の抑制、さらに染色体転座に伴う遺伝子発現の脱制御もしくはキメラ遺伝子産生など多数のものが挙げられる。しかし、それらが具体的にどのように発症、進展に関わるかはわかっていない。また、これらの遺伝子変異の背景を成すと考えられる遺伝的不安定性の分子基盤も不明である。一方、造血不全の成立においては遺伝子異常を生じた造血幹細胞に対する免疫応答が関与していることが示唆されており、本症候群の病態の複雑さを増している。
■症状
診断時の臨床症状の多くは血球減少に基づくもので、特異的なものはない。顔色不良、息切れ、動悸、全身倦怠感、脱力感、労作時の易疲労感といった貧血症状や、皮膚・粘膜の点状班や、繰り返す鼻出血などの出血症状が初発症状となることが多い。健康診断で偶然血液異常所見を指摘されることが診断の端緒となることも多い。形態異常を伴う好中球は貪食能や殺菌能の低下を伴う。肺炎などの感染症が診断の端緒となることは少ないが、病状が進行し、好中球数減少が見られるようになると易感染状態は顕著になり、感染症の危険が高まる。さらに、化学療法、免疫抑制療法などを施行することで、真菌やウイルスをはじめとする日和見感染症をも併発しやすくなる。一方、Sweet症候群(発熱と好中球浸潤による皮疹)、BOOPなどの非感染性肺浸潤、ベーチェット病類似の口腔内潰瘍および下部消化管潰瘍、単発性もしくは多発性関節炎など好中球機能異常を疑わす症状もまた経過中稀ならず認める。
骨髄増殖性症候群との境界例や、急性白血病へ進展しつつある例では高頻度に脾腫を認め、胸水、心嚢水貯留を伴うこともあるが、それ以外の患者では臓器への腫瘍浸潤を疑わす所見を見ることは稀である。
■治療
骨髄異形成症候群では造血不全と白血病移行が生命予後に重大な影響を与えることから、治療の目的は造血不全に対する対策と、白血病移行を阻止することにおかれる。具体的には、末梢血や骨髄所見をもとに、おのおのの患者における白血病移行のリスクを推定するが、International Prognostic Scoring System(IPSS)を用いた層別化、すなわち骨髄中の芽球比率、骨髄細胞の染色体分析、ならびに減少している血球系列数を用いた層別化が一般的である。白血病移行リスクの低い病型では造血不全に対する治療を中心とし、高ければ白血病移行に備えた治療を選択する。
白血病移行低リスクの患者への治療;保存的治療として成分輸血とサイトカイン療法が挙げられる。貧血症状の強い患者には赤血球輸血が行われるが、頻回の輸血による鉄過剰症は肝臓、膵臓、心臓などに重篤な影響を与えるため、鉄キレート剤の併用が勧められる。出血症状を伴う血小板減少に対しては血小板輸血を行う。血小板減少に対する予防的な血小板輸血は、同種抗体(抗HLA抗体)を誘導し、以後の輸血の効果を損なう危険が高く、血小板数が1万/μL以上ある際には原則として行わない。好中球減少に対するG-CSF投与は感染症併発時以外勧められない。血清エリスロポイエチン値が著しい高値を示さない患者において、エリスロポイエチン製剤による貧血改善効果が期待されること、また、予後不良の染色体異常をもたない狭義の不応性貧血患者に対して、シクロスポリンや抗胸腺グロブリンを用いた免疫抑制療法が有効な場合があることも報告されているが、現時点では保険適応外である。頻回の輸血を必要とする若年患者には同種造血幹細胞移植を検討する。
白血病移行高リスク患者への治療;化学療法は一部の非高齢者において治癒にはいたらないものの、生存期間の延長をもたらす。近年、骨髄非破壊的前処置を用いた移植法の開発と、HLA一致同胞以外をドナーとした同種造血幹細胞移植(非血縁者間骨髄移植、非血縁臍帯血移植)の普及により、多くの患者において同種造血幹細胞移植が治療選択肢となり得るようになった。同種造血幹細胞移植は治癒が期待できる唯一の治療手段である反面、治療関連死亡の危険が高い。従って、同種造血幹細胞移植の施行に際しては、期待される効果と予想される有害事象を十分に検討し、患者の自発的同意を得ることが前提である。
■予後
予後の予測にはIPSSが広く用いられている。IPSSでは低リスク、中間-1リスク、中間-2リスク、高リスクの4段階に分けており、それぞれの生存期間の中央値は5.7年、3.5年、1.2年、0.4年と報告されている。ただし、これらは有効な治療のなかった時代に後方視的調査により得られた数字であり、同種造血幹細胞移植が普及した現在では参考値とされるべきである。
特発性造血障害に関する調査研究班から
不応性貧血(骨髄異形成症候群) 研究成果(pdf 23KB)
この疾患に関する調査研究の進捗状況につき、主任研究者よりご回答いただいたものを掲載いたします。
不応性貧血(骨髄異形成症候群)の形態学的異形成に基づく診断確度区分と形態診断アトラス(pdf 1,048KB)
本アトラスは、骨髄異形成症候群の形態学的診断における標準的手法並びに骨髄像及び末梢血像を示したものです。個々の症例の診断の詳細を示すものではありません。(平成20年9月掲載)
情報提供者
研究班名 血液型疾患調査研究班(特発性造血障害)
情報見直し日 平成20年5月1日
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