1. はじめに
精神活動の低下(痴呆症状)、歩行障害、尿失禁を呈する高齢者のうち、著明な脳室拡大を認めるにもかかわらず、腰椎穿刺で測定した脳脊髄圧は200mmH2O以下と正常範囲であり、しかし、髄液短絡術(シャント手術)を行うと上記の症状が著明に改善する患者さんがいます。このような患者さんを、正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus、以下NPHと略す)と呼びます。
2. 発生機序
何らかの原因で髄液の循環不全が生じ、その結果NPHが発症すると考えられています。原因不明のものを特発性NPH、原因が明らかなものを続発性NPHと呼びます。続発性NPHの原因としては、くも膜下出血、頭部外傷、髄膜炎などがあげられます。
3. 頻度
NPHの正確な発生頻度は明らかではありませんが、痴呆症と診断された患者さんの5〜6%が特発性NPHであると考えられています。特発性NPHの好発年齢は、50〜60歳代であり、発生頻度に男女差はありません。
4. 症状
NPHでは、精神活動の低下(痴呆)、歩行障害、尿失禁の三つが主症状(三徴候)とされています。初期の段階では物忘れ、次いで自発性の低下、無関心、日常動作の緩慢化などがみられ、さらに進行すると無言無動といった状態になります。歩行障害はNPHの初発症状であることが多く、一直線上を綱渡りのように歩けなくなるのが特徴的です。症状が進行すると、立位や座位を保てなくなります。尿失禁は、三徴候のなかで最も遅くに出現する症状です。
5. 診断
上記の三徴候のいずれか一つ、あるいは複数を認め、頭部CTやMRIで脳室の拡大が確認されれば、NPHを疑うことになります。ただし、老人性痴呆でも脳萎縮にともなって脳室が拡大してくるので、NPHとの鑑別が問題になります。そこで、腰椎穿刺により約20〜40mlの髄液を排除して、症状の改善がするかどうかを試す検査(髄液排除試験)を行います。髄液排除により症状が改善した患者さんでは、シャント手術の有効率が高いといえます。その他、RI脳槽造影・CT脳槽造影、頭蓋内圧測定、脳血流測定などを行うこともあります。
6. 治療法
NPHの治療は、シャント手術が唯一の方法になります。ただし、シャント手術が有効な患者さんであっても、発病から長期間経過してしまうと、治療効果を期待することは難しいとされています。シャント手術にはいくつかの方法がありますが、通常は脳室腹腔シャント(V-P シャント)ないしは腰椎くも膜下腔腹腔シャント(L-P シャント)が行われます。症状の改善を得るためには、ある一定量の髄液を排出させる必要がありますが、髄液の排出が過剰になると硬膜下水腫や血腫が発生します。このような合併症を防ぐために、最近では体外から磁石を使って圧を変更することができる圧可変式バブルを用いることが多くなっています。
7. 予後
特発性NPHの60〜70%前後の患者さんで、術後になんらかの症状改善がみられます。最も改善しやすいのは歩行障害、次いで尿失禁で、痴呆症状は三徴候のなかで最も改善しにくい症状です。
8. おわりに
シャント手術によるNPH の治療成績を向上させるためには、早期診断、早期治療が必要です。上記三徴候のいずれか一つでもあれば、NPHを疑って専門医の診察を受けることが重要です。
情報提供者
研究班名 神経・筋疾患調査研究班(難治性水頭症)
情報更新日 平成19年7月23日
メニューに戻る