霊敵なる者 1
「ちきしょう。なんてしつこい奴なんだ」
奴は、相変わらずその無表情な顔で、執拗に追いかけてくる。
もうどのくらい逃げ回っているのだろう。
いや、もはや時間など意味をなさないかもしれない。
なぜなら……
目の前に交番が見えてきた。
俺は無意識に、中へ飛び込む。
しかし、中には誰ひとりいない。
甘かった。
仮におまわりさんがいたとしても、奴があいてではなすすべもないだろう。
俺は、再び夜の街へ飛び出した。
誰一人いない夜の街を走り続ける。
誰一人?
おかしい。
いくら夜中とはいえ、通行人が一人もいないってことはないだろう。
車の一台すら通らないのだ。
いつも利用するコンビニの前を通る。
まばゆいばかりの照明に照らされた店内、数多くの商品が所狭しと並べられている。
人々のより良い生活を保障するために24時間休まず営業されている。
レジのそばでは、おいしそうなおでんが湯気をたてている。
しかし、肝腎な客の姿はおろか、店員すらいないのだ。
「そんな馬鹿な」
俺は、逃げ回りながらも辺りを観察する。
人はおろか猫一匹見あたらない。
まるで街全体から全ての生き物が消え去ってしまったかのようである。
いや、生き物だけでなく、動くものさえないのだ。
シーンと静まり返った虚像のような街の中を、俺と奴だけが奇妙な追いかけっこをつづけている。動いているのはそれだけなのだ。
虚像?
「もしかして……」
俺は二の句を飲み込んだ。
目の前に先ほど立ち寄った交番が現れた。
「なんてこった」
俺は気がついていた。
逃げ回りながらも、自分が同じ所を何度も堂々巡りしていることを。
可愛い女の子のいる喫茶店、立ち読み専門の本屋、陸橋そばのラーメンの屋台、俺がいつも利用する馴染みのお店が現れては消え、そして再び現れる。
そこには、俺の日々の生活があった。
市立図書館が見えてきた。
「そうだ、ここは俺と静香とがはじめて出会った思い出の場所だ」
いつのまにか、俺は図書館の中にいた。
相変わらず人はだれもいない。
しかし、館内の風景はあの時のままだ。
そうだ。この机に静香は座っていたっけ。俺が椅子につまずいて、静香にぶつかり二人して床に倒れ込んでしまったんだ。気がつくと俺は静香の豊かな胸をつかんでいた。真っ赤になって恥らう静香の表情を今でも思い出せる。それが縁で静香との交際がはじまり、やがて結婚した。そんな思い出深いこの場所を、忘れるはずがない。
静香……