怪談中編← index ⇒地獄からの声怪談おつゆ/後編
カラーンコローン と無人の墓に響きわたるげたの音。障子を通して入ってくる牡丹灯篭のあかり。 今夜もおつゆはやってきた。 げたの音は、お堂の手前で止まった。 かたかたと音をたてて揺れる障子。 かと思うとツーと音もなく障子は開いておつゆは中に入ってきた。 なぜだ。悪霊を寄せ付けないお札じゃなかったのか。それともおつゆは悪霊じゃないと いうのか。 「新三郎さま、どちらにおいでですか」 万が一を考えてほどこしていた全身の経文がきいていて、おつゆには新三郎の姿がみえ ないらしい。それでも、新三郎の気配を感じ取っているのか、 「新三郎様、お姿が見えませんがそこにおいでなのでしょう」 部屋をぐるぐると探し回っている。 新三郎の脳裏に、おつゆとの逢瀬の記憶が蘇ってくる。 その妖艶な肢体と身のこなし方は、幽霊と判ったいまでもなまめかしい。 その時、下半身に異様な雰囲気を感じて薄目を開けて見ると、おつゆがぼっきした自分 のものを、いとおしそうにさすっている。 「しまった!」 仮性包茎の皮がむけて露出したその内側には経文が書かれていない。暗闇の中にぽっか り浮かぶあがるそれ自身に、おつゆが気づくのも当然であった。 「新三郎様。こんなところにいらしたのですね おつゆはそれをしっかり口に食わえ込み、 「ああ、よかった。姿が見えなくてもいいです。わたしをお捨てにならないで」 そして新三郎に馬乗りの格好になり、その怒張したものを自分にあてがいゆっくりと腰 を落していった。 エピローグ 「どういうことよ、これ!」 あたしは憤慨して、霊媒士に詰め寄った。 「邪悪な霊を近付けないんじゃなかったの?」 「だからいっとろうが、このおつゆさんは邪悪な霊ではなくて、ただただ新三郎に恋焦が れるごく普通の幽霊なんだって」 「十分普通じゃありませんよう。どうするのよ、これから」 あたしは無事戻ってきたお兄ちゃんに詰め寄った。 「どうするったってなあ……」 お兄ちゃんのそばにはやさしく微笑んで正座しているおつゆさんが寄り添っている。事 の次第が露見した今、わざわざ隠れて逢う必要もなくこうして堂々とあたし達の前に現れ ている。たいした幽霊さんだ。それからお兄ちゃんは、どうやらおつゆさんが慕っていた 過去の新三郎の生まれ変わりだそうだ。おつゆさんにとっては、新三郎様には違いないそ うで。 「わたしは、ずっと新三郎様のおそばにいたいと思います。でないとわたし……」 「怨んで化けてでてくるそうだ」 「ちょ、ちょっと脅かさないでよ」 「とにかく俺はこのおつゆさんと、一緒に暮らすことにした」 「ほ、本当に幽霊と暮らすっていうのお」 「本気だ」 「もう……勝手にしてよ」 というわけで、おつゆさんとの奇妙な共同生活がはじまった。 おつゆさんは幽霊なので、さすがに太陽のある昼間には墓の中に戻っていて、夜になっ て日が暮れて、生暖かい風とともに現れてくるのである。 草木も眠る丑三つ時。 「ああ……新三郎様」 「おおう、おつゆ」 「いけない、そこはだめ。あっ、あっ」 「ふふふ、こうか」 「新三郎様あ」 お兄ちゃんとおつゆさんとのひそやかな声が夜の静寂にこだまします。 朝になります。 といっても今日は寝坊してもうお昼近い時間です。 眠い目をこすりこすり、台所にいくと夜の間におつゆさんがこしらえてくれた朝食が食 卓に並べられています。それだけではありません。廊下はきれいに雑巾がけされてぴかぴ かに輝いていますし、汚れ物もあとは干すだけという状態に洗濯されています。 今まであたしがやっていたことを、代わりにやってくれているのです。 「ふ……助かりはするけどね」 しかし幽霊と暮らしているなんて世間に知れたらと思うと気が気ではありません。あた しの結婚だって破談になるかもしれないじゃないの。いえいえきっとそうです。 「何を悩んでらっしゃるのですか?」 突然、背後から声がしておどろくあたし。 振り返ると、おつゆさんが立っている。 「ちょっとお、今は夜じゃないわよー。早く墓に戻りなさいよ」 「それが、戻れないんです」 「どうしてよお。幽霊は昼間でてきちゃいけないのよ」 「わたしにもわかりません。でも……」 「でも何よ……」 おつゆさんは、あたしの耳元でささやくように言いました。 「新三郎様の子供ができたみたい……」