静香の一日
(一)雪の日に
雪の降る中を、ドレスコートを着た女性が傘もささずに歩いている。
只今華の女子大生している静香だ。
デートで待ち合わせの喫茶店に向かっていた。
足元の赤いハイヒールが白い雪に映えて印象的だ。
「参ったなあ……。こんなに遅れるとは思わなかったよ。あいつ、まだいるかな…
…」
雪に足を取られて歩きにくそうにしながらも先を急いでいるようだった。
「あった! ここだな」
とある喫茶店の前で立ち止まり、店の名前を確認している。
「やっぱりどきどきするな……。ええい! ままよ。どうにかなるさ」
独り言を呟きながらも、ドアの前に立つ。
自動ドアが開いて、店内から静かな曲な聞こえてくる。
「いらっしゃいませ」
ウエイトレスの明るい声が出迎える。
静香はドレスコートの肩についた雪を払ってから店内を見渡す。
雪が降っているせいだろうか、店内はひっそりとして客は見当たらない。
「いた!」
窓際の席に腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺めている青年がいる。
窓ガラスは結露で曇っており、青年の顔の辺りだけが拭われて外を眺められるよう
になっていた。
どことなくうつろで、あきらめの表情をしていた。
「だいぶ待たせちゃったようだな……。しかし、しようがなかったんだ。許せ、友
よ」
一息深呼吸すると、その青年のところへと歩み寄っていく。
静香が近づくと相手の青年は顔を上げる。
青年の名前は俊彦という。
ここで待ち合わせの約束をしていた相手であった。
「お待ちになった?」
できるだけ柔らかな口調で、すまなそうな表情を作って声を掛ける。
それまではぼんやりとしていて精気を失っていた俊彦だが、見るからに活気を取り
戻していた。
「いや……、そうでもないよ」
腕時計を見ながら答える俊彦。
「そう……」
と呟くように答えて、ドレスコートを折りたたんで膝の上に置いて腰掛ける静香。
(ここは言い訳をしない方がいいだろうな。雪が降っているんだし……)
「それで、あたしを呼び出した用件は何かしら」
「ああ……。静香、実は……」
俊彦は、切り出しにくそうだった。
しかし、静香はその理由を知っていた。
俊彦のポケットにはエンゲージリングの入ったケースが入っているはずだ。
今日この場所で、プロポーズするために……。
(じれったいな。男ならさっさと取り出してプロポーズしろよ)
プロポーズされたら迷わず承諾するつもりだった。
(静香のためにも、この俊彦と一緒にさせるのが一番なんだ。悪いが静香、プロポー
ズを受けて、その後には俊彦と一晩を共にするぞ)
ここにはいない本物の静香に対してテレパシーを贈る静香だった。
そうなのだ。
ここにいる静香は、本物の静香ではない。
それは突然の出来事だった。
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