響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(三十二)安息日
「もう、銃声が聞こえてびっくりしたわよ。部屋を出ようとしたら、扉の前にメイド
さんに扮した女性警察官が二人立ちふさがっていて、出してくれなかったのよ」
部屋に戻ると、里美が憤慨していた。
「しようがないわよ。わたしだって、これだもの」
と包帯を巻かれた腕を見せた。
「痛くない?」
里美は人差し指で、包帯を軽くちょんちょんと触っている。
「少し痛むけど、大丈夫よ」
「申し訳ありませんでした。里美さんには、命に関わる危険なところに行かせるわけ
にはいかなかったのです。もし眠れないとか不安とかありましたら申してください。
精神安定剤とか睡眠薬を用意してあります」
今夜の付き添いとなった女性警察官が言った。
「だったら。生理痛に効く薬ありませんか? ショックで始まったみたいで……」
「あら大変……ありますよ」
と言いながらコップに水と一緒に薬をくれた。
「しかし、明日は調書がありますけど、大丈夫ですか?」
「ええ。たぶん大丈夫よ」
「明日の調書は、先程の巡査部長が伺うと思いますので、訳を話して手短かにしても
らえるようにしましょう」
「でも、今夜徹夜で容疑者の尋問するんじゃありません? 寝ずにですか?」
「巡査部長は事件となれば六十四時間くらい平気で起きていますよ。その後、二十四
時間寝ちゃうんですけどね。寝だめができるそうです」
「変わってますね」
「そうなんですよ。彼女、あれでも恋人がちゃんといてね。他人が羨むくらい仲がい
いの」
「へえ、恋人がいるんだ?」
「弁護士に扮してた警察官がいたでしょう?」
「いたいた」
「この捜査の現場責任者の巡査部長なんですけど、その人と密かに婚約しているみた
い。彼、何でも銃器と麻薬捜査の研修として、ニューヨーク市警に出向してたらしい
けど、逆に組織からマークされて命を狙われたみたい。それで生きるために狙撃され
る立場から狙撃する立場、特殊傭兵部隊に入隊したらしいの。それで傭兵の契約期間
を終えて日本に帰ってきたらしい」
「すごい経歴なんですね」
「そうなのよ。だから彼の狙撃の腕はプロフェッショナルだそうよ。一キロ先からで
も朝飯前という噂があるわ」
「そんな彼と、真樹さんがどうして恋人同士になれたの?」
「何でも彼女が二十歳の記念に、アメリカ一周旅行している時に知り合ったとかいう
話しよ。それ以上のことは話してくれないの。ま、誰にも秘密はあるだろうから聞か
ないけど」
「じゃあ、真樹さんの銃の腕前も彼に教わったからかな」
「たぶんそうだと思いますよ」
「そんなスナイパーの彼と、純真可憐な真樹さんが恋人同士と、署内で変な噂されて
ませんか? 署内で変な目で見られたり、風紀が乱れるとか問題になったりしない?」
「とんでもないわ。彼女の正式な身分は、国家公務員の司法警察員の麻薬Gメンじゃ
ない。地方公務員の警察官がとやかく言えるような雰囲気じゃないのよね。それでい
てまだ二十三歳の若さでしょう? 憧れの的にはなっても、誹謗中傷されるような存
在じゃないのよね。わたし達女性警察官全員で彼女を見守ってあげてる。それに彼の
方も、みんな避けているし、なんせ一撃必中の腕前なんだから、怒らせたら大変。一
キロ先からでも眉間にズドンだからね。証拠を残さずに抹殺されちゃうよ」
「ふーん……」
「あ、ごめんなさい。つい長話しちゃった……。そろそろ、お休みになって下さい。
わたしは隣の部屋にいますから、何かありましたらいつでも申し付けてください」
この部屋には常駐するルームメイド用の控え室があってベッドもある。女性警官は
そこに泊まることになっている。
翌朝。
小鳥のさえずりと共に目が覚めた。
部屋の外のバルコニーに来訪する野鳥達だ。子供の頃と変わらぬいつもの朝の風景。
「おはようございます。お嬢さま」
「ん……。おはよう」
あれ? 女性警察官じゃない……。
昨日とは違うメイドが三名。わたしが目を覚ましたのを期に、仕事をはじめた。
どうやら、今朝から本来のメイド達に戻ったようだ。各個室にはルームメイド二名
と個人専属のメイド合わせて三名が必ずいることになっている。カーテンを開け放つ
者、花瓶の花の手入れをはじめる者、そしてわたし付きのメイドはベッドサイドに立
って指示を待っている。やはり見知った顔はいない。八年も経てば入れ代わって当然
だろう。
「今、何時かしら」
「七時半でございます」
「そう……朝食は?」
「八時半からでございます。旦那さまがご一緒に食堂でとご希望でございます」
「一緒でいいわ。シャワー使えるかしら」
「はい。しばらくお待ち下さい。今、ご用意します」
メイドはバスルームへ入って行った。何するでもない、蛇口を開いてお湯が出るの
を待つだけだ。ボイラー室から、ここまではかなりの距離の配管を通ってくるから、
蛇口を捻っても最初に出るのは水、すぐにはお湯が出ないのだ。冬場なら暖房用に常
時配管をお湯が流れているから、すぐに出るのだが。なお、メイド用の控え室やバス
ルームがあるのは、ここと祖父の居室、及びそれぞれに隣接する貴賓室の四部屋だけ
である。後は共用のバスを利用することになっている。
里美はまだ眠っている。
ベッドと枕が変わっているから、なかなか寝付けなかったようだ。もう少し寝かせ
ておいてあげよう。
「お嬢さま、シャワーが使えます。どうぞ」
ネグリジェを脱いで、メイドに渡してバスルームに入る。
熱いシャワーを浴びる。うーん……朝の目覚めにはこれに限るね。
頭もすっきりして外へ出ると、すかさずメイド達が身体を拭ってくれた。バスロー
ブに着替えてベッドを見ると、里美が惚けた表情で起き上がっていた。里美は目覚め
が悪いので、起きてもしばらくはボーッとしていることが多いのだ。メイドが動きま
わり窓を開けて風が入ってきたりして、目が覚めてしまったようだ。
「ほれ、ほれ、里美。あなたたもシャワーを浴びなさい。すっきりするわよ」
「ふえい……」
はーい、と答えたつもりの間の抜けた声を出す、里美の背中を押すようにして、バ
スルームに放り込む。
「あー。すっきりした。お姉さん、おはよう。食事はまだ?」
出てくるなり、早速食事の催促だ。実に変わり身が早い。
あのね……。
「おはよう、里美。食堂で八時半からよ」
「今何時だっけ?」
「八時と少々です」
「よっしゃー。行こう、今いこ、すぐいこ」
「バスローブのままで行く気? ここはわたし達のマンションじゃないのよ」
「あ、いけなーい。着るものは?」
「お母さんが着てたのがあるから、それ着なさい。わたしが着れるんだから、里美も
着れるでしょ。ベッド横のクローゼットに入っているから、どれでも好きなの着てい
いわ」
「はーい」
そう言うとクローゼットを開けて、早速衣装選びをはじめた。
わたしと里美は、サイズが同じなので、良く服を交換しあっていた。というよりも
最初の頃、里美は衣装を全然持っていなかったので、わたしの服を借りて着ていたと
いうのが正しい。その後里美自身の衣装が増えていっても、わたしが買った衣装をし
ょっちゅう借りていた。
「ほんとにどれ着てもいいの? 高そうな服ばかりじゃない」
「気にしないで、服はしまっておくものじゃなくて、着るものなんだから」
「んじゃ、遠慮なく」