第七章・会戦
Ⅰ
恒星ヴォログダを回る第二惑星ババエボに建設されている、ミュータント族前進
基地クラスノダール。
荒涼とした岩石からなる惑星には、大気も水もないため昼夜の気温差が激しく、
昼は摂氏五十度だが夜はマイナス百四十度まで下がり生物は棲息できない。
岩山の中腹に開けられた人口洞窟の内部に基地は建設され、洞窟から延びる滑走
路から戦闘機の発着が行われていた。
今しがた哨戒に出ていた戦闘機が戻って来て洞窟内へと進入するところだった。
地表の熱の届かない地下基地は、空調設備により程よい温度に保たれており、快
適空間となっている。
基地内に入った戦闘機から降り立つミュータント。
その様子を管制室から眺めている基地司令官のイヴァン・ソルヤノフ。
近づいてくる人物は副官のフリストフォル・イグルノフ。
「索敵に出ていた艦隊からの連絡が途絶えました」
「つまり侵略してきた何者かが襲撃してきたということか?」
憤慨するソルヤノフ。
前回の索敵艦に続いての艦隊敗北は信じられなかったのだ。
「おそらく全滅かと……」
「遠隔透視のできるサーシャを失ったのは痛いな」
「いかが致しますか?」
「侵略者は排除するまでだ。すでに我々の星域に向けて進撃しているかも知れない。
直ちに迎撃態勢に入る」
最新鋭戦列艦ペトロパブロフスクを旗艦とする二十四隻が再編成された。
基地に駐留する艦艇の三分の二に及ぶ数だ。
艦隊司令官に任命されたのは、ヴィチェスラフ・ミロネンコである。
「これだけの艦艇が集められたのは久しぶりだな」
副官のアルノリト・モルグンが応える。
「三十年前の七色星雲会戦以来じゃないですかね」
「そうだな。俺はまだ子供だったが……。その時は、敵を打ち倒して拠点である惑
星を『冬虫夏草』爆弾で殲滅させたらしい」
「今回の敵もその惑星方面から飛来したようですが」
「銀河人が報復攻撃を仕掛けてきたのか?」
「あり得ますが……例の天の川人の可能性もあります」
「天の川人だと?」
彼らにしては、隣の銀河である天の川に人類が棲息しているという事実は、遥か
彼方の歴史であり忘れ去られたことでもある。そして自分達もその天の川人の子孫
であることも知らない。
クラスノダールから見える、七色に美しく輝く星雲を『七色星雲』と名付けたも
のの、先に到達し居住惑星を発見したのは、銀河を時計回りに巡っていた銀河人だ
った。
ここに至って、ミュータント族と銀河人は激しい覇権争いを繰り広げることにな
る。
冬虫夏草の使用によって、敵を滅亡に至らしめたものの、その惑星は居住不可能
になってしまった。
改めて他の星域を探索するものの、猛毒のシアン化水素が充満した惑星しか見当
たらず、七色星雲は放置されることになったのである。
その七色星雲の方角から暗雲が立ち込めてきたのである。
惑星ババエボを出立する艦隊は、一路隣の星雲へと向かう。
本格的な戦闘になるだろうから、艤装の点検は念入りに行われている。
艦橋では、スクリーンに映る七色に輝く星雲を見つめながら感傷に浸るミロネン
コ。
HⅡ領域特有の赤く輝く中に、高温の酸素が放つ緑色などが色鮮やかに輝いてい
る。
「美しい所だ。再びこの星雲での戦いが繰り広げられるということか……」
そこへ副官が近づいてくる。
「まもなく七色星雲に突入します」
「分かった。カチェーシャ、準備はいいか?」
カチェーシャの愛称で呼ばれた遠隔透視能力を持つエカテリーナ・メニシコヴァ
が小さく頷く。
電離した水素イオンが充満する星雲の中では、レーダーなどはほとんど役に立た
ないので、彼女のような透視能力を持つ者が活躍できる場所である。
「よし。もう一度、消息を失った索敵艦が向かった星域に向かってみよう」