第四章・遥か一万年の彼方
Ⅰ  漆黒の宇宙を漂う一隻の大型輸送船があった。  その船体には大きな損傷があった。  船内では赤色灯が点滅し、警報が鳴り続けている。  冷凍睡眠カプセルで眠る人々。  やがてゆっくりとカプセルが開き、人々が起き上がってゆく。  何が起こったのかとしばらく首を傾げていたが、事態を把握して急ぎまだ眠って いる人々を総員起こしに回った。  総指揮官であるアレックス・ランドールも目覚めて、集まってきた者達にテキパ キと指示を出し始めた。 「他の船は?」 「周囲に他の船が一隻も見当たりません」 「通信は?」 「先ほどから連絡を取っておりますが、全く応答はありません」 「現在位置を調べてくれ。フライトレコーダーもな」  天文班が星図の照らし合わせを行ったところ、どうやらマゼラン銀河へとやって きていることは確認できたが、位置は当初予定の場所から外れて、銀河の反対側の 端に到着したようだった。  運行記録を調べていた班から報告が上がってくる。 「どうやら自動運行中に超重力波に遭遇してしまったようです」 「それでコース設定が変わってしまったのか?」 「でもそれだけでは、予定の反対側に飛んできたのが理解できません」 「他の要因が重なったというわけか……」  一同が考えあぐねていると、 「大変です!」  青くなって報告する者がいた。 「どうした?」 「原子時計を調べて分かったことなのですが、どうやら一万年過去の世界へ飛ばさ れたみたいです」 「一万年前の過去?」 「間違いありません」 「我々の祖先の住んでいた地球では、新石器時代というところか?」 「そうなりますね。通信不通なのは当然でした」 「もしかしたら……コース設定が変わっただけでなく、次元の狭間に飛び込んでし まったのかもな」 「ワームホールですか?」 「一瞬にして時間と空間を飛び越えてしまったんだ」  明確な理由は分からないが、時空跳躍が起こったことは疑いのない事実のようで あった。 「これからどうなされますか?」 「本隊に連絡することも、合流することも叶わない以上、この一隻の船の人員だけ で生き抜いていくしかないだろう」  一同も理解はできた。  天の川銀河に戻れたとしても、そこは新石器時代の世界である。  過去に戻ることによるパラドックスも厄介になる。  このマゼラン銀河で生きていくしかないようだ。  せめてもの救いは、最高指導者たるアレックス・ランドールが共に乗船していた ということだろう。  その時、警報が鳴り響いた。 「前方に惑星を発見!」 「スクリーン拡大投影しろ」  眼前には、大気と水を湛えた惑星が映し出されていた。 「なるほど……。惑星が近づいたから、全員の冬眠が溶けたのか?」 「コース自動設定で惑星に近づいています」  移民船は自動航行で進んでいるが、途中に居住可能な惑星が発見された場合には、 冬眠カプセルが解除され惑星に向かうコースに変更される設定になっていた。  もし惑星が見つかっていなければ、そのままアンドロメダ銀河に向かって永遠の 旅を続けていたであろう。 「分光装置で大気組成を調べろ。それと大気の温度もな」 「了解!」  レーダー手がスペクトル分光装置を使って大気組成を調べる。 「酸素9%、窒素74%、二酸化炭素11%、ヘリウム0.91%です。気温52 度で、二酸化炭素濃度による温室効果だと思われます」 「酸素と二酸化炭素は、植物緑化すればなんとかなるだろう。核融合の燃料がたく さんあるのは都合がよいな。大陸と海の分布はどうだ?」 「陸が60%、海と湖沼が合わせて40%です」 「まずまずだな。船を衛星軌道に乗せてくれ」 「了解しました」  まずは衛星軌道から大気や地上を詳細に調べる。  無人機を降下させて、空気中や地表そして海中に有害な微生物がいないかの確認 もする。  着陸に最も適した場所を探し出す。 「着陸体勢、すべてオールグリーンです」 「よし、降下しろ」  ニュー・トランターと違って、シアン化水素のような有毒・可燃性ガスはないの で直接降りることができる。  開けた海辺の近くに降り立つ輸送船。 「海の成分はどうだ?」 「二酸化炭素が溶けて酸性に偏っていますね。雨にも溶けて大地からカルシウムな どの金属類を溶かし出しています。ナトリウム、マグネシウムなども豊富です」 「これだけの好環境だというのに、生命が見当たらないのは不思議だな」 「生命誕生のプロセスは、ほとんど奇跡の神がかりですよ。天の川銀河の中の数あ る好条件の星々にも生命は発生しませんでした。天文学者フレッド・ホイル博士に よると、最初の生命が偶然生まれる確率は、10の4万累乗分の1、だそうです」 「可能性はほとんど0に近いな」 「『がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み 立てられる』のと同じくらいだとも言ってましたね」  フレッド・ホイルは、生命の起源は宇宙空間で進化し、彗星などによってもたら されたとするパンスペルミア仮説の提唱者である。 「ともかくだ。この星での最初の生命は我々ということだな」 「そういうことですね」 「総人口十二万か……地球の新石器時代には500万人の人口があったとされるが ……」 「西暦元年で3億人です。自然増を待っていては、1億人になるには、それこそ1 万年かかりそうです」 「これだけの人員では、まともな惑星開発もできません」 「まずは、この惑星に留まって、食糧の確保から人口増加が先決ではないでしょう か?」 「そうだな。せめて一億人くらいに増えないと、他の惑星に向かうことはできない な」 「ともかくこの星を一から開拓することから始めましょう」 「そうだな。まず最初はこの星の名前を決めようか」  喧々諤々(けんけんがくがく)の討論の結果、アレックスの生まれ故郷のアルビ エール侯国に因んで『アルビオン』と命名された。  人々が輸送船から降り立ち始め、当面の間は輸送船を本拠地として、開発が始ま る。  致死量の二酸化炭素があるので、野外での労働には宇宙服が必要だが、酸素を生 み出す植物を育てるには好都合でもある。  陸地では大規模な植林が行われ、海には、シアノバクテリアなどの藍藻類などを 放出した。  大規模農場が造成されて、人々の食糧となす畑作りに耕運機が動き回り、小麦や トウモロコシなどが植えられてゆく。  こうしてアルビオンでの人々の生活が始まった。
     
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