第二十六章 帝国遠征
[  アレックス率いる旗艦艦隊にして銀河帝国派遣隊が続々と発進を始めていた。 「それでは先輩。後をよろしくお願いします」 「わかった」  要塞ドッグベイに停泊するサラマンダーに架けられたタラップの前で、しばしの別 れの挨拶を取り交わしているアレックスとフランク・ガードナー提督がいた。 「以前にもお話ししましたとおり、要塞を死守する必要はありません。時と場合によ っては潔く放棄してしまうことも肝要ですから。要塞よりも一人でも多くの兵士や士 官の命を大切にしてください。要塞は取り戻そうと思えばいつでも可能ですが、死ん でしまった人間を生き返らせることはできません」 「わかっている。常に臆病に極力逃げ回り、そして相手が油断したところを一気反転 して襲いかかり寝首を取る。それが君の信条だったな」 「その通りです。無駄な戦いで死傷者を出したくありませんから」 「それにしても要塞をいつでも取り戻せるとはたいした自信だな」 「ちょっとした策がありましてね」 「その策とやらを聞いてみたいがどうせ話してくれんのだろう」 「敵をだますにはまず味方からといいますからね」  スザンナ・ベンソンが歩み寄り、うやうやしく敬礼して報告する。 「提督。全艦発進準備完了しました」 「判った」  スザンナは旗艦艦隊司令として同行する。  その幸運を素直に感謝していた。  どこまでも一緒について行くという信念がもたらしたのかも知れない。 「それでは先輩、行ってきます」  ガードナー提督に敬礼するアレックス。 「まあ、いいさ。とにかく要塞のことはまかしておけ。援軍が欲しければ、連絡ありしだいどこへでも持 っていってやる」 「よろしくお願いします、では」 「ふむ、気をつけてな」  アレックスを乗せた旗艦サラマンダーがゆっくりと要塞を離れていく。  整然と隊列を組んでいる艦隊の先頭に出るサラマンダー。  従うのは、スザンナ・ベンソン少佐率いる精鋭の旗艦艦隊二千隻である。 「全艦発進せよ。行き先は銀河帝国本星アルデラーン」 「全艦発進!」 「座標軸設定完了。銀河帝国本星アルデラーン」  全艦ゆっくりと動きだす。  その光景を中央制御室から見ているガードナー提督。 「生きて帰ってこいよ」 「閣下、ランドール提督はこの要塞を手放しても再攻略できるとおっしゃっておられ ましたが、そんなことが本当に可能なのでしょうか」  要塞防御副司令官を兼任する第八艦隊司令のリデル・マーカー准将が質問する。 「さあな。残されたものを安心させるための、ただのはったりかも知れんし、あるい は俺達の想像すらつかない方法があるのかもな。要塞に関してはフリード・ケイスン 中佐が徹底的に、その構造を解析しているだろうからな。どこかに弱点が発見された のかも知れない。もっとも弱点が見つかっても綿密なる攻略作戦を立てないと難しい だろうし」 「作戦があるとすれば、その策案者はどちらでしょうか。提督か、作戦本部長か… …」 「ん……? 随分気にしているようだな。ウィンザー大佐だとしたら、どうだという のだ」 「い、いえ……」 「残念だ。君も女性士官に偏見を持つ一人だったとはな」 「ち、違います!」  図星だな。  とフランクは思った。  劇的なまでの昇進を果たして、すぐ足元の大佐となり、しかもそれが女性というこ とにかなりこだわっている風が、ありありと観察できた。  まあ、その気持ちも判らないでもないが……。  女性士官テンコ盛りの第十七艦隊と違って、第八艦隊はごく平均的な男女比を持っ ていて、司令官クラスの女性は一人もいない。  要塞に来てからというもの、総参謀長のパトリシアと要塞防御副司令官という関係 から、打ち合わせなどで顔をつき合わせて応対することが多かった。  化粧をしスカートを履いた士官と隣の席になれば誰しも思う気持ちである。  実際に隣に座れば、女性特有の香水の甘い香りが漂ってくるし、ふと胸元に目がい けばその膨らんだ胸にどきりとする。慌ててうつむけばスカートの裾からのぞく脚線 美がそこにあるという具合である。  男と女の違いを身近で認識させられるわけである。 「いや、偏見というものじゃないな……」  要は女性経験が少ないのかも知れない。  ふと笑みが漏れてしまう。 「笑わないでくださいよ」 「笑っているように見えるか?」 「見えますよ。何を考えていたんですか?」 「いや、何でもないさ。それより、フリード・ケイスンに要塞移動のための反物質エ ンジンの開発状況を確認しなければならない」  話題を変えてしまうフランクだった。  実際問題としても、要塞を動かすことのできるエンジン建造の進捗状況によっては、 大幅な作戦計画の変更を余儀なくされるわけである。  旗艦サラマンダーの艦橋。 「銀河帝国へのワープ設定完了しました」 「しかし、タルシエンから帝国への道のりは険しいな」  アレックスが危惧しているのは、バーナード星系連邦の支配下にある共和国同盟の 只中を通過して、反対側にある銀河帝国との境界まで無事にたどり着けるかというこ とである。  一回のワープで飛べる距離ではないから、数度に分けることになるが、その途中で 行動を悟られる可能性があった。  同盟の周辺地域を遠回りで巡りながら、連邦軍に反抗する勢力と連絡を交わしつつ、 出来うるならば協定を結ぶことも任務の一つに挙げられていた。  そのためにかの地に残してきたのが、第八占領機甲部隊メビウスであった。  トランター本星はもとより、周辺地域にも派遣して「Xデー」以降のパルチザン組 織の設立に一役買う予定だった。そして各地のパルチザン組織の横の連絡を取るのは、 メビウス司令官にして情報参謀のレイチェル・ウィング大佐である。  彼女なら、通信統制の網の目を掻い潜って各組織をまとめ上げられるだろう。 「ワープ準備完了しました」  パトリシアがすぐそばに寄ってくる。 「いよいよですね」 「ああ、この帝国遠征の成否によって、タルシエンに集まった人々の運命も大きく変 わるだろう。その期待に応えるためにも、何とかして銀河帝国との協力関係を取り付 けなければならない」 「そうですね」  と言いつつ、アレックスの腕に手を置いた。  その手をやさしく握り返しながら、 「何とかやってみるさ」  と微笑むアレックスだった。 「全艦、ワープせよ!」  アレックス・ランドールの帝国遠征の道行きが開始された。  共和国同盟の解放のため、銀河帝国への侵略を阻止するために、そして自分の信念 のおもむくままに……。  第二十五章 了 第二部へ続く
     ⇒第二部
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