第二十六章 帝国遠征
I
バーナード星系連邦の智将スティール・メイスン少将の策略によって、トランター
本星は陥落し共和国同盟は滅んだ。すぐさまに占領政策が執り行われるその実施部隊
として、マック・カーサー中将率いる戦略陸軍が、トランターの地へと召喚されるこ
ととなった。
絶対防衛艦隊を蹴散らして、トランター本星の共和国同盟中央政府を降伏させたと
はいえ、地方都市や惑星住民そのものが、降伏を承諾したわけではない。
暫定政府を樹立して、住民を統治し新たなる国家の再建。
そのためにも、その方面の最適任者が戦略陸軍司令長官マック・カーサー中将とい
うわけである。
トランターの衛星軌道上、カーサー中将の旗艦ザンジバルにおいて、攻略部隊指揮
官のスティールとの間で引継ぎが行われていた。
「それでは、占領政策の方はおまかせ致します」
「了解した。しかし、なぜにわしを呼んだのだ。おまえぐらいの智将なら占領政策く
らいお手のものだろうに」
「私は、敵惑星住民を相手にする占領政策などはやりたくないのですよ。何かと気に
入らないとすぐに暴動を起こすし、パルチザンとなって抵抗の反旗を翻してくる。い
つ寝首を欠かれるかも知れない不安定な政治状態が長く続くでしょう。そんな生臭い
占領政策よりも、銀河帝国をどうやって攻略するかを考えたほうが楽しいじゃありま
せんか」
「ふふん。恒星ベラケルスを超新星爆発させて、敵艦隊三百万隻をあっという間に壊
滅させたようにか?」
「私は地を這い蹲るよりも、宙{そら}を駆け巡るほうが性分に合っているんです
よ」
「おいおい。それはわしに対するあてつけかね」
「ああ、これは失言しました。許してください」
「まあ、いいさ。連邦の次なる目標が、銀河帝国であり全銀河の掌握には違いないか
らな。せいぜい頑張って銀河帝国の攻略作戦を考えることだ。期待しているよ」
「ありがとうございます。タルシエン要塞に残るランドール艦隊がまだ残っておりま
すので、配下の八十万隻を残しておきます。どうぞお使いください。それでは、これ
にて失礼させて頂きます」
「うむ。ご苦労であった」
敬礼をし、退室するスティール・メイスン。
その背中を見送るカーサー。
「ところでメイスンが言っていたランドールのことだが、その後の詳細は判っておる
か」
そばに控えている副官に尋ねる。
「まったく音沙汰なしといったところです。何ですかねえ……本国が占領の憂き目に
あっているというに、救援を差し向けるでもなし、一向にアル・サフリエニ宙域から
出てこようとさえしません。あまつさえ旧統合軍本部への連絡もよこさないとは」
「何せ要塞だけでも強固なのにその前面には、旧同盟軍最強のシャイニング基地をは
じめとして三つの基地が守っているからな。その気になれば新しい国家を興して攻め
込んでくることもありうる。軍部に連絡をよこさないのはそのせいかも知れぬ。すで
に奴は同盟軍を見限っている」
「同盟軍上層部からは、これまでに無理難題を押し付けられてきていましたからね。
自分達に命令を下す上層部の存在が消失した以上は好き勝手放題でしょう」
「まあ何にせよ。目の上のタンコブは、早いうちに荒療治してでも消さなければなら
ん。メイスンの奴め、一番の難物を残していきやがった」
トランター衛星軌道上に浮かぶステーション。
スティールの乗艦するシルバーウィンドが待機している。
「お帰りなさいませ。出発の準備は完了しています」
乗降口で艦長の出迎えを受けて搭乗するスティール。
「判った。すぐに発進するぞ。ステーションに連絡してワープゲート使用許可を取っ
てくれ」
「了解しました」
トランター本星と月との間にあるラグランジュ点に長大ワープを可能とするワープ
ゲートが設置されていた。同様のワープゲートは共和国同盟の要所に設置されており、
ゲート間を瞬時に移動することができる。もちろんバーナード星系連邦にも、まった
く同じものがあるので、運行システムを調整すれば連邦へのワープも可能だ。
「連邦と同盟を自由に行き来できるようなった今、タルシエンは完全に孤立状態です
ね」
「そういうことになるな」
「さすがのランドールもせっかく苦労して攻略した要塞を明け渡すしかないでしょ
う」
「そうは簡単にはいかないさ」
「どうしてですか?」
「トランターで訓練中だったランドール配下の第八占領機甲部隊が姿をくらましたと
いう。どこへ消えたと思う?」
「はあ……確かに新たに旗艦となった新造機動戦艦ミネルバ共々、行方不明になって
いますね」
「惑星占領用のモビールスーツ部隊だが、パルチザンとして暗躍する可能性がある。
そうは思わないかね。そもそもタルシエン要塞攻略で最も占領部隊を必要としていた
時期に、新兵の訓練と称してわざわざ占領機甲部隊をトランターに残したことが、常
識的には理解できないだろう」
「ということは、ランドールはこうなることを前もって予測して、準備していたとお
っしゃるのですか?」
「そういうことだ。最初から占領後の反抗勢力として残しておいたくらいだ。降伏す
ることなど微塵も考えていないだろう」
「となると相当やっかいでしょうね」
「せいぜい、カーサー中将には頑張ってもらうしかないな」
「それがあるから、占領政策を譲られたのですね」
「忘れたか、私たちにはもう一つの大切な使命があるだろう」
「ああ、そうでしたね。同盟になんか関わっていられませんね」
「と納得したら、急いで帰るとしよう」
「判りました」