第二十五章 トランター陥落
X  それは突然に始まった。  スクリーンがすっと消え、照明も落ちてしまった。 「補助の電源に切り替えろ。緊急発電装置始動」 「補助電源に切り替えます」 「緊急発電装置始動」  そして奇妙な現象が起こった。  すべての物体が光り輝きはじめたのだ。  機器や艦の壁面、ありとあらゆるもの、もちろん人間の身体も例外ではなかった。 「ニュートリノバーストがはじまったな」  恒星ベラケルスの中心核で爆縮がはじまったのだ。  発生したニュートリノが光速で中心核から恒星表面へと駆け抜け、宇宙空間へと飛 び散っていく。そして進路にあるすべての物体を貫いていく。付近にある両軍の艦艇 や内部の機器、そして生きている人体も例外にはならない。  その数は一インチ当たり数百億個を超える途方もない数である。しかしニュートリ ノが物体に衝突することは、極めてまれのことである。  元来物質を構成する原子は中心にある原子核と外側を回っている電子とで構成され ているが、原子の大きさとなる最外郭電子の軌道半径にくらべれば、原子核の大きさ は点ほどの極微小でしかない。いわば原子というものはすかすかであるということで ある。通常、荷電素粒子は、この電子が持つマイナスの電荷や、原子核のプラスの電 荷によって弾き飛ばされて、容易に近づけない。  しかし電荷を持たず質量もほとんどないニュートリノはこのすかすかの空間を平気 で通り過ぎていく。  副官が神妙な面持ちで尋ねる。 「大丈夫ですかね。放射線病のような身体に異常は起きないでしょうかね」 「判らないさ。誰も経験したことがないのだから。それに我々の住む母星にしても、 バーナード星からのニュートリノが一平方センチ当たり毎秒六十六億個も通過してい るのだからな」 「毎秒六十六億個? それで平気でいるんですかあ。信じられませんね」 「敵戦艦、推定射程距離に入りました」  計器類が正常に作動していないから、速度と時間の経過で推測して判断しているの であった。 「よし、攻撃開始!」  旗艦シルバーウィンドが砲撃を開始し、それを合図にしていたかのように味方艦が 次々と攻撃開始した。  一方の同盟軍艦隊は、突然の異常事態にパニックになっていた。 「な、なんだこれは?」 「身体が光っているぞ!」 「いったい何が起きてるんだ」  口々に悲鳴を上げ、恐れおののき、完全に自我の崩壊を起こしていた。  持ち場を離れ、まるで夢遊病患者のように艦内を右往左往していた。  指揮官たるニールセンも同様であった。 「こ、これは、敵の新兵器か?」  正常な精神にある者は一人もいなかった。  そんな状態にある時に、スティール率いる連邦軍艦隊の攻撃が開始されたのである。  次々と撃破されていく同盟軍艦隊。  まるで戦いにならなかった。  やがてニュートリノバーストが終了して元に戻り始めた。 「よし、システムを復旧させる。光電子システムに戻し、直ちに現宙域を離脱する。 全艦ワープ準備にかかれ!」  急がねばならなかった。  ニュートリノバーストの次に来るのは、超新星爆発である。  おそらく一時間以内に、それは起きるはずであった。 「システム復旧完了しました」 「ワープ準備完了!」  直ちにワープ体制に入るスティール艦隊。 「ワープ!」  一斉に戦闘宙域から姿を消すスティール艦隊。  同盟軍艦隊はなおも指揮系統を乱したまま当てどもなく浮遊していた。  そして直後に超新星爆発が起こり、同盟軍絶対防衛艦隊三百万隻を飲み込んだ のである。  ニールセン中将率いる絶対防衛艦隊壊滅。  その報が伝えられたのは、それから二時間後であった。  スティール率いる艦隊は、トランター本星に進撃を開始していた。  そしてさらに五時間後、ついにトランター本星は陥落し、共和国同盟は滅んだ。 第二十五章 了
     ⇒第二十六章
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