第二十四章 新生第十七艦隊
I
新生第十七艦隊司令官就任式当日となった。
就任式に先立って、第一会議室に佐官達が集められて、新司令官の顔合わせ及び昇
進佐官の任官状授与が行われた。
要塞攻略に関わる功績により昇進の対象となった佐官の名が呼ばれ、パトリシアか
ら任官状と新しい階級章を手渡されていた。
「つづいて新任の佐官を紹介します。ジュリー・アンダーソン少佐、ドール・マイテ
ィ少佐、リップル・ワイズマー少佐、クリシュナ・モンデール少佐、ソフィー・サリ
バン少佐」
五名中四名が女性という異色の昇進であった。
ジュリーは第三高速重爆撃飛行連隊司令。チェスター配下のドールは第三十六揚陸
支援空母部隊司令となり、リップルは艦隊参謀となった。クリシュナとソフイーは艦
隊を離れて要塞において事務総監と医局事務長のそれぞれを担当する。
中佐にはジェシカ・フランドルが首席航空参謀兼第十一攻撃空母部隊司令。作戦遂
行中でこの席にいないレイチェルも、独立艦隊作戦参謀兼第八占領機甲部隊メビウス
司令のままで大佐に昇進となった。
大佐にはチェスターの後任としてディープス・ロイドが昇進し、繰り上がりでロイ
ド配下の首席少佐のアイザック・フォーサイトが中佐になった。また第一・第二飛行
連隊のジミーとハリソンの両撃墜王もそれぞれ中佐に昇進した。アレックスの直属で
ある技術将校レイティ・コズミックはタルシエン要塞兼第十七艦隊技術部システム管
理課長となり、フリード・ケースンも同技術部開発設計課長となって、共に中佐に昇
進した。アレックス達の影にあって印象は薄いが、技術将校で二十代の中佐というの
も異例の昇進である。平均でいえば少佐(主任職)には三十歳、中佐(課長職)には
四十歳、大佐(部長職)には五十歳代というのが相場である。
総勢十三名の佐官が第十七艦隊において昇進を果たしたことになるが、一時にこれ
だけ大量の数というのも異例である。
これまでに天文学的な損害をこうむってもなお攻略することのできなかったタルシ
エン要塞を陥落させたのだ。それに報いるだけの地位を与えても罰当たりではないだ
ろう。
「諸君!」
アレックスが壇上に立って訓示を述べはじめた。
「先の作戦で要塞の攻略に成功したのは、諸君達の働きのおかげである。今後もそれ
ぞれの新しい部隊を率いつつ、第十七艦隊のために尽力を尽くしていただきたい。タ
ルシエン要塞の陥落により、同盟・連邦の軍事バランスが大きく変わろうとしている。
要塞を手に入れたのはいいが、逆にそれが第十七艦隊の足かせになろうとしている。
第五・第十一艦隊も第八師団として再編成され、おっつけ要塞に集結してくるが、要
塞を奪還されないためにも、防衛のために釘付けされたも同然なのだ。その結果とし
て他の地域の防衛が手薄になるだけなのだが……」
「つまり敵艦隊が、要塞を捨てて本星に直接侵略をかけてくれば、防備が手薄なだけ
攻略もたやすいというわけですね」
「その通りだ。だが、本国は敵艦隊が必ず要塞奪還にくると信じて疑わず、その防衛
に戦力を集結させたのだ」
「タルシエン攻略には、これまでにも多大な戦力を投入してきたし、艦隊と将兵の損
害は天文学的数字になっていますからね。そう簡単に手放せないというところです
か」
「まあな……とにかくだ」
アレックスは息をついで言葉を続けた。
「本国からの命令には逆らえない。要塞防衛の任務を遂行するまでだ。諸君らの健闘
を期待したい。以上だ。解散する」
全員起立して、敬礼をもってアレックスの退室を見送った。
新生第十七艦隊司令官就任式は定刻通り始められた。
中央壇上の右手に艦隊幕僚達が腰を降ろして新司令官の入場を待っていた。
副司令官カインズ大佐。艦隊参謀長にチェスターの後任として昇進したディープ
ス・ロイド大佐。艦政本部長には引き続きルーミス・コール大佐である。その他の幕
僚達。
反対側の席には、第八師団を代表してアレックスとパトリシアが並んでいた。
壇上に、第八師団作戦本部長に就任したパトリシアが出て、進行役として式を進め
ていく。
「それでは、新生第十七艦隊司令官となられたオーギュスト・チェスター准将を紹介
します。チェスター准将、どうぞ」
やがて指名を受けてチェスター准将が進み出て、壇上にたった。
その雄姿を、会場の最前列に陣取って、誇らしげに見つめている家族がいた。
共和国同盟において数々の素晴らしい戦功を挙げて、七万隻という全艦隊中最大の
艦艇を所有する第十七艦隊の司令官である。
就任式を終えたチェスターを出迎えるアレックス。
「お疲れ様でした、准将」
「いえ。どういたしまして」
「早速で悪いのですが、移動命令です」
「移動ですか?」
「百四十四時間後に第十七艦隊を、タルシエンへ向けて出航させてください」
「百四十四時間後ですか? ずいぶんとゆっくりとしてはいませんか。早ければ二十
四時間後にでも出発できますが」
「わけありでしてね。この出航を最後に当分の間、もうトランターへは戻れないかも
しれませんから」
「どういうことですか」
「不確定要素が多すぎて、まだ明かすことはできません。アル・サフリエニ宙域を震
撼する大事件が起こり、タルシエン要塞から離れなくなる可能性があるということで
す。隊員達にトランター本星への帰郷、最後の休暇を与えます。二交代で各六十時間
づつ全員にです」
「六十時間ごとの交代ですね」
シャイニング基地最大の軍港ターラント宇宙港。
ノースカロライナやサザンクロスなどの、トランターへ帰郷する将兵達を乗せた輸
送艦が次々と発進している。
基地中央作戦司令部からその光景を眺めるアレックス。
パトリシアが近寄ってくる。
「帰郷する将兵達の第一陣の出発が完了しました。チェスター准将、ゴードン、ジェ
シカ、そしてフランソワが含まれています」
「そうか、手配ご苦労だった」
「提督は、降りられないのですか?」
「ああ……」
「あの、私の両親が逢いたがってましたけど……」
「済まない。やらなければならないことが、山積みなんだ」
「私も残っていたほうがいいのでは」
「いや。この先どうなるかも判らない情勢だ。両親には精一杯親孝行をしてきたほう
がいい。第二便で帰りたまえ。これは命令だよ」
「アレックス……」
自宅に戻ったチェスターは妻の前で告白した。
「こんな時期に全員に休暇なんて変ですね。再編成とか、今が一番忙しいのでしょ
う?」
「どうやら、連邦軍の総攻撃が近いうちにあるらしい。それで決戦の前に全隊員に休
暇を与えておこうというお考えだ」
「でも、タルシエン要塞にランドール提督ある限り、連邦とて一歩足りとも同盟に侵
攻できないだろう、と言われてますよね」
「それは連邦がタルシエン要塞を橋頭堡として重要視している限りにおいてだよ。要
塞を見限って、他の方面からの攻撃を考えていたらどうなるか。提督はそれを危惧し
ているのだよ。おそらく提督は、このトランターには当分帰れないと判断して、最後
の休暇を与えたのだろう」
「最後の休暇ですか?」
「そうだ。場合によってはこれが最後の帰郷ということになるかも知れない」
「そうでしたか……」
「おまえには済まないと思うが、私は提督に恩を返さなければならない。何があろう
とも提督についていくつもりだ。たとえこれが今生の別れとなろうともな……」
「あなた……。気になさらないでください。軍人の妻となった時から、とっくの昔に
覚悟はできております。ランドール提督のおかげで、夢にまでみた将軍に抜擢されて、
親族一同の誇りと湛えられるようになりました。提督のためにその身を捧げて、さら
なるご活躍をお祈りしております」
「ともかくせっかく頂いた休暇だ。有意義に使わせてもらおうか」
「故郷に戻りますか?」
「そうだな……おまえとはじめて会った思い出の場所にでも行ってみるか?」
「あなたったら……」