第十八章 監察官
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「あの……発言してよろしいでしょうか?」
パトリシアの副官として傍聴していたフランソワが発言の許可を打診した。彼女に
は発言権は本来ないのであるが……。
「かまわない。言いたまえ」
「では……」
フランソワが前に進み出て、自分が考えていた作戦を披露した。
「三個艦隊とまともに戦ってはこちらに勝ち目はありません。この際、シャイニング
基地は、参謀長のおっしゃられた通りに放棄して撤退しましょう」
「馬鹿な。基地を放棄しては指令無視になる。この基地を取られれば、同盟侵攻の拠
点とされて、戦争に負けてしまうんだぞ。だからこそ、敵に渡さない作戦を練るため、
我々が頭を悩ましているんじゃないか」
「最後まで聞いてください。ただ放棄するのではなく、ついでに置き土産を敵にプレ
ゼントします」
「置き土産?」
「はい。この基地の管制システムに細工しておくのです。わざと敵に占領させておい
て、遠隔操作で基地をコントロールするのです。地上ミサイル制御、対空管制システ
ム、すべてをこちらで操作。そして敵を混乱させて撃滅に至らせます」
「ちょっとまて。それは提督が、士官学校時代の模擬戦闘で使った作戦ではないか」
「その通りです。レイティ・コズミック大尉ならシステムの細工は簡単でしょう」
「そううまくいくものだろうか」
誰ともなく呟きの声が漏れる。
「フランソワ、君は本気でその作戦が成功すると考えているのか」
「もちろんです。敵が提督の士官学校時代の作戦まで、知りうるはずがありませんか
ら。我々の策略に気付く可能性は低いといえます」
「そうか……」
アレックスは微笑みながら一同を見回していた。
その時インターフォンが鳴った。
「レイティ・コズミック大尉から至急の連絡です」
「回線をこちらにまわしてくれ」
「はい」
スクリーンにレイティの姿が現れた。
「提督。基地の管制システムの改良プログラム、ヴァージョン2のインストール完了
しました」
「ヴァージョン2?」
「はい。基本プログラムは前回のものを改良したものを使用していますので」
「で、敵に見破られる懸念は?」
「それは有り得ないでしょう。よほど同盟のシステムに熟知したものか、天才ハッ
カーでもない限りは」
「なら、大丈夫だな。ご苦労だった。引き続き万全を期してのバグつぶしをやってく
れ」
「わかりました」
レイティの姿がスクリーンから消えた。
「提督……今のお話しは?」
一同がアレックスに注目した。
「提督も意地が悪い。すでに計画をご自分で練っておられながら、私達にも作戦を出
させるなんて」
フランソワが抗議の声を上げている。部下の意見を聞きだそうとする、アレックス
の常用的言葉の言い回しなどのことをまだ知らないからである。
「決めていたわけではない。私の作戦はいわゆる最後の保険というやつさ。皆の意見
を聞いたうえで、そっちの方がよければそれでよし。といって一秒を争う作戦におい
ては、皆の意見を聞いてからでは間に合わなくなるので、先行投資させてもらっただ
けさ。レイティといえど、基地全体の管制システムを改良する時間が必要だからだか
らな。第一私がすべて考えて実行するのであれば参謀はいらないし、一人の人間の考
えることには限界がある。常にディスカッションして良いところを取り上げ、悪いと
ころを訂正しなおす。誰だって完璧な人間ではないんだ。納得のいかない作戦なら、
いくらでも訂正意見をのべてくれたまえ」
「どうやら、提督はご自身の作戦をお持ちのようですね。聞かせていただきません
か」
「そうですよ。我々の意見は出尽くしたようですし、フランソワの述べた作戦をお考
えだったようですが……」
「先のパトリシアの作戦は、敵に占領させないように行動しなければならないから無
理がでてくる。ならばいっそのこと占領させてしまって、後から十分作戦を練ってか
ら奪還を計ったほうがいい。敵は基地を確保しようとするだろうから、援軍が到着す
るまで待たねばならず、動くことができない。つまりは我々が引き返してくるにも、
交代で休息をとることができる時間的余裕があるというわけだ。弾薬や燃料の補給だ
ってできる。そして敵はちゃんといるべきところで待っていてくれる」
「そうか、そこでフランソワの考えた作戦をもってあたれば」
「そういうことだ」
「決まりです。その作戦でいきましょう」
「そうだ。提督、俺も賛成しますよ」
「提督。どうやらみんなの総意が一致したようですね」
「よし、フランソワ。君が詳細を煮詰めて、至急作戦立案としてまとめてくれたま
え」
「わ、わたしがですか?」
「その通り」
「は、はい」
肩をぽんと叩くものがいた。振り返ってみるとパトリシアであった。
「作戦立案、よろしくね」
「お姉さま……」
「大丈夫、あなたならできるわよ」