第十七章 リンダの憂鬱
\  さすがに情報参謀のレイチェルだと実感したフランソワであった。自分の素性のす べても把握されているんじゃないかしらと少し不安にもなる。がどうなるでもなし、 取りあえずは意外な提督の素性を知ったことを胸にしまって置くことにした。  フランソワとレイチェルが小声で囁きあっている間、レイモンド曹長は顔を赤らめ その時の状況を思い起こしているようだった。  頭を掻きながら謝るレイモンド。 「そ、そうでしたか……その件では申し訳ありませんでした」 「それはいい、もう済んだことだ。質問を続けたまえ」 「あ……は、はい」  敵艦隊の来襲を告げられて緊迫感に押し潰されそうだった乗員達だったが、二人の やりとりですっかりリラックスしてきていた。  それはアレックスが場の雰囲気を和ませようと、とっさに機転を利かした話題転換 だったのである。 「たった今、三個艦隊もの敵艦隊が押し寄せてきていることを伺いました。提督はい かがなされるおつもりですか? この後参謀達を交えて具体的な作戦を練られると思 いますが、作戦会議においては事前に提督ご自身の考えをいつも用意していると聞き うけております。今回の場合も、すでに作戦の概要をまとめておられるのではないで すか? できればこの場で率直なご意見をお伺いできないでしょうか?」  別の隊員が乗り出すようにして尋ねる。 「徹底抗戦ですか? 策略を巡らしての奇襲ですか? それとも撤退しますか?」  他の隊員達も思いは同じようで、聞き漏らさないようにと聞き耳を立てているよう であった。 「残念だが、今はまだ君達に言えることは何もない。不確かなことをここで言っても 不安を駆り立てる結果となるだけだからだ。いずれ作戦が本決まりになれば、君達に 発表するからそれまでおとなしく待っていてくれたまえ」 「提督のことを、私達は信じております。提督が何時如何なる時も私達のために、精 進努力してらっしゃることも重々承知しております。しかしこの情勢下にあっては、 少なからず不安を抱いております。せめて、攻めるのか守るのかだけでも知ることが 出来れば、安心して枕を高くして眠れるというものです」  枕を高くして眠るという言葉が、宇宙でどれほどの意味があることなのかを理解し て使ったのではないだろうが、本人にしてみればぐっすり眠れるという単純な意味合 いだろうと思う。 「曹長、提督をこれ以上、困らせないでください。いずれ作戦は発表されます。おと なしく待っていてあげてください」  レイチェルがやんわりとたしなめた。  こういった場を収めるのは、レイチェルの得意であった。乗員達の間のもめごとや 騒乱を丸く治めることも主計科の任務の範疇に入っている。  憧れの的でもあるレイチェルに、そう言われればおとなしく引き下がるよりなかっ た。  女性士官達だけでなく、男性士官達の間でもレイチェルの人気は抜群だったのであ る。  やがて食堂内は、いつものざわめきが戻り始めていた。  アレックスを信じ、すべてを任せよう。  絶大なる信頼関係に裏打ちされた上官と部下達との心温まる食堂での一件であった。 「ところでレイチェル」  アレックスが小声で囁く。 「リンダの事、ありがとう」 「いいえ。どう致しまして」  第十七章 了
     ⇒第十八章
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