第十二章 テルモピューレ会戦
U  最後に質問に立ったのは、ゴードンの副官のシェリー・バウマン少尉だった。 「しかし、テルモピューレは敵の勢力圏内にあって、カラカスからはるかに遠く、こ れと対峙するにはカラカス基地を空にすることになります。もし別働隊が迂回して基 地の攻略に向かえば、容易く基地を奪われ逆に背後から襲われる挟み撃ちになりま す」  次々と副官三人娘が質問を浴びせた。  ランドール艦隊の懐刀ともいうべき部隊司令官の副官として自ら志願し、議論にも 旺盛な活発さを見せている。艦隊に対する誇りと、上官への忠誠心厚き精神から、少 しでも役に立とうする積極性からくるものである。もちろんそんな彼女達を副官に据 えるアレックスの期待に応えているわけである。 「それはないだろう。情報によれば攻略に向かってくるのは一個艦隊のみだ。しかも まさか基地を空にして、自分の勢力圏内に進軍して迎撃してくるとは、敵もまさかと 思って考えもしないだろう。それを逆手に取るのだ」 「バルゼー提督はそういう人間と言うんじゃないでしょうね」 「そういう人間だよ。回り道はしない。正面から堂々と向かってくる気質から考えれ ば、至極当然のことだろう」 「やはりですか……」  一同は、敵将の性格を熟知した上での、アレックスのいつもながらの作戦の立て方 に感心していた。士官学校の模擬戦闘での、敵司令官のミリオン・アーティスの詳細 を調べ上げて、あの劇的な勝利をもたらしたことは記憶に鮮明に残っている。 「では、全軍をテルモピューレ出口付近に展開させるのですね」 「いや、今回の作戦には伏兵としてゴードンに別働隊として動いてもらう」 「別働隊ですか?」 「そうだ。テルモピューレを形作っている三日月宙域の外縁を迂回して、敵の背後か らの急襲の任を与える」 「三日月宙域を迂回ですか? かなりの遠回りになります。そもそも敵艦隊がテルモ ピューレを通過するルートを通るのもそのためなんですよ」 「その通りだ。ウィンディーネ艦隊の高速性を活かすことのできる作戦だとは思うが な」  アレックスの問いかけに、ゴードンの副官のシェリー・バウマン少尉が答えた。 「確かにそうですが……、我が艦隊の中では最高速を誇るウィンディーネ艦隊です。 しかし、その作戦を遂行するには、敵のテルモピューレ進入時刻を的確に把握する必 要があります。到着時刻が早すぎれば進入前の敵艦隊の総攻撃を受けますし、遅すぎ れば本隊の援護に間に合わず、数の少ない分だけ本隊が危険に晒されることになりま すよ」  さすがに士官学校では、特務科情報処理を選考しているだけに、頭の切れは鋭い。 「シェリーの言うことはもっともだよ。それがこの作戦の重要な岐路となるだろう。 敵艦隊のテルモピューレ侵入時刻を事前に正確に知ることが問題だ」  皆の視線が、情報参謀のレイチェルに向けられた。それをできるのは彼女以外には いなかったからである。 「テルモピューレの正確な進入時刻は、敵艦隊が出港するまでは確実なことは言えま せんが、出港の予定時刻は把握しておりますので、艦隊の進行速度からおおよその時 刻を推定はできます。その推定時刻を元に行動し、敵艦隊出撃の情報を得て修正でき るコースを設定します」 「その出港推定時刻は信頼に足るものなんですか?」 「敵艦隊のタルシエン入港時刻は情報通りでしたし、これまでの経緯からしても信頼 性は高いものと確信しています」 「確信ですか……」  レイチェルは毅然として発言していた。「たぶん」とか「おそらく」といった曖昧 な表現は決して使わない。情報には自信を持っているからに他ならない。 「情報の信憑性を議論しても仕方がないだろう。ここはレイチェルの情報通りに作戦 を立てて行動することにする」  アレックスが決断した。  そうとなれば、事は急展開で進行する。  敵艦隊の出撃予定時刻を元に、ランドール艦隊の出撃時間やコース設定。別働隊と して動くゴードンの行動開始時間が決定されていく。
     
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