第二章 デュプロス星系会戦
I
デュプロス星系内を航行するサラマンダー艦隊。
宇宙空間に第一惑星「カリス」が浮かんでいる。
太陽系木星に比して、実に二十倍もの質量を持っている惑星で、第二惑星の「カナ
ン」と共に巨大惑星として威容を放っていた。
すぐ近くを航行しているように見えるが、実際の距離は14光秒、地球と月の平均
距離の12倍で太陽の3直径分ほど離れている。カリスがあまりにも巨大なので近く
を航行しているように見えるのである。
「惑星カリスの近地点を通過するのは、およそ十八時間後です」
航海長のミルダが確認報告する。
ここサラマンダーの艦橋には、艦隊司令のスザンナと参謀のパトリシア、航海長の
ミルダ、そして客員参謀を許されたジェシカがいた。
アレックスは、艦隊の転進における作戦の練り直しのために、自室にこもっていた。
が、例のごとくに昼寝をしているのかも知れない。
とは艦橋にいる者たちの推測であった。
「ねえ、パトリシア。先ほどのこと教えてくれないかしら」
ジェシカが囁くように質問を促した。
会議においての、三つ目の惑星が存在できない理由について気になっていたのであ
る。
「いいですよ」
今は会議中でもなければ戦闘中でもないので、解説する時間はあった。
「ラグランジュ点というものがあるのはご存知ですよね」
「知っているわ。惑星と衛星の間にあって、重力作用が安定して場所で、かつては宇
宙コロニーなどが建設されていたわ。今はジャンプゲートが設置されている」
「その通りです。基本的に惑星が安定していられる要因として、三者の間に重力的な
三角関係が存在することです」
「三角関係?」
三角形の定義として、同一直線上にない 3 点と、それらを結ぶ 3 つの線分からな
る多角形。その 3 点を三角形の頂点、3 つの線分を三角形の辺という。三つの線分
が与えられたとき、必ず一定の三角形となることが証明されている。
それでは四角形の場合はどうであろう。四つの任意の線分で安定した四角形の図形
が描けるかと言えば否である。
四つの線分だけでは、図形は定まらない。角度とかいった別の要素が与えられない
と図形は確定しない。四角形どころか、辺が交差するような歪な図形にもなる。
参考図形
同じことが恒星系でも言えるのである。
その頂点を恒星と惑星に、辺の長さをそれぞれの重力値として考えると、恒星1惑
星2であれば、この三角形となって重力的に安定した軌道を回ることができる。これ
は、建築学においても地震や暴風雨に耐えられるように、平行な柱の間に三角形とな
る筋交いを入れるのは常識である。
四つの線分、恒星1惑星3或いはそれ以上の場合は、一定した図形が描けない、そ
れはすなわち惑星間は不安定な状態にあるということができる。その場合におけるシ
ュミレーション実験では、最初のうちは三つの惑星は一定の軌道を回っているが、時
間経過と共に真ん中にある二番惑星に変異が生じ、外側にある惑星の重力によって軌
道がかき乱され、やがて突然に恒星系の軌道から外れていずこかへと消え去ったしま
うことが報告されてる。
蛇足として付け加えるならば、惑星が大きければ大きいほど、周囲の星間物質をそ
の強大な重力でかき集めてしまって、他の惑星ができるほどの十分な素材がなくなっ
てしまうことにも起因する。
太陽系の場合であれば、木星と土星がかなりの質量を持っていて二大惑星として考
えられ、安定した軌道を確保しているが、重力はそれほどでもなく他の惑星の形成を
阻害するほどには至らなかった。
「なるほどね。昔ならった図形で考えるとよく判るわ」
「このデュプロス星系は、二大超巨大惑星が恒星系を成している特殊な事例です」
「人類の発祥地である太陽系がここと同じでなかったことを感謝しなくちゃね」
「同感です」
二人とも同じように頷いていた。
宇宙。
物質には質量があり、物質同士は互いに引き合うのはなぜか?
どこにでもあるような物質が、絶対零度に近い状態に置かれたとき、突如として特
異な性質を持つに至る現象。
無限とも言える広大な空間と時間の狭間にあっては、よちよち歩きをはじめたばか
りの人類にとっては計り知れない未知の世界が広がっている。