銀河戦記/鳴動編 外伝
エピソード集 ミッドウェイ撤退(1)  バーナード星系連邦第七艦隊旗艦ヨークタウン艦橋。 「全艦、戦線より離脱致しました。敵艦隊の追撃はありません」  オペレーターが報告する。 「そうか……。何とか切り抜けられたか」  というと、F・J・フレージャー提督は、ふっとため息をついた。 「提督、ナグモ艦隊よりの報告が届きました」  参謀のスティール・メイスンが報告書を届けにきた。 「そうか、見せてくれ」  スティールより報告書を受け取って読み始めるフレージャー提督。  やがて納得したように呟いた。 「そういうことだったのか……」  ミッドウェイ宙域会戦。  ヤマモトの第一機動空母艦隊(ナグモ艦隊)と連携しての波状攻撃で、敵艦隊を撃破す るのは確実な作戦であった。  艦載機の数はもちろん、パイロットの技術にしても、圧倒的にこちらが有利だった。  敵の第十七艦隊を撃破すれば、その母港である共和国同盟軍最重要防衛拠点シャイニン グ基地を攻略するのも容易い。敵艦隊をシャイニング基地から誘い出すことに成功し、ナ グモの艦載機によって先制攻撃にも成功した。  それが、たった十数隻の艦艇によってもろくも崩れ去った。  それはナグモ率いる第一機動空母艦隊の中心部に突然ワープアウトしてきた。  奇襲攻撃をかけられ、味方旗艦空母を盾にされて、護衛艦隊は迎撃も適わずにアカギ以 下の主戦級攻撃空母を四隻も撃沈されてしまった。  報告書を読み終えて机にそれを置いてスティールに語りかける。 「この十数隻を指揮していた士官の名前は判ったのか?」 「いえ、まだです。ただ敵の通信を解読した中に『サラマンダー』という符号が使われて いるのが判明しております」 「サラマンダー?」 「はい、おそらく敵の指揮艦の名称だと思われます」 「サラマンダーか……。それにしても……、一体何者だったんだ。敵艦隊の只中に特攻を しかけてくるなんて……大胆不敵としか言いようがない」 「一個小隊のようですから、少尉クラスの士官でしょうね。今回の奇襲攻撃は、おそらく 彼の独断によるものと思われます」 「うむ。敵の只中に飛び込んでくるとは、よほど肝が据わっているというか、そうとうの 自信がなければできるものではない。私の感だが、そいつは並々ならぬ戦果を挙げて昇進 し、我々の手強い敵となるに違いないぞ」 「それは言えていると思いますね。交戦中の通信暗号を解読中ではありますが、彼の指揮 にはいささかの乱れもなく一貫して一撃離脱に徹しています。ワープアウトして戦線離脱 するまで無駄な戦闘行為を避けて、攻撃空母のみに火力を集中させています」 「それでアカギ以下の旗艦四隻が撃沈か……」  ヴィジフォンが鳴った。  スティールがそれを操作して受信状態にする。 『失礼します。キンケル大将閣下より入電です』 「繋いでくれ」 「かしこまりました」  と答えながら、ヴィジフォンのスクリーンをオンにするスティール。  壁際のパネルスクリーンに電源が入り、映像が投影される。  映し出されたのは、タルシエン要塞司令官のハズバンド・E・キンケル大将だった。  すかさず敬礼を施すスティールとフレージャー提督。 「報告は聞いた。ナグモが散々の目に遭わされて撤退を開始したというのなら、貴官も同 様に撤退したというのも頷ける」 「ありがとうございます。閣下」  フレージャーが頭を下げる。 「うむ……。つい今しがた、緊急を要する連絡が入った」 「どのような内容でしょうか?」 「貴官らの第七艦隊が撤退する間隙を突いて、共和国同盟軍の第五艦隊がバリンジャー星 域へ向かったらしい」 「バリンジャー星域といいますと、最前線補給基地の一つですね」 「そうだ。そこには補給施設であると同時に、授産施設があり数多くの女性達が暮らして いる。至急に赴いてこれらの女性達を収容して撤退する任務を与えられた」 「その任務を我々に?」 「その通りだ」 「しかし自国住民の収容・移民は、惑星占領を担当する戦略陸軍の管轄範囲に入っており ますが?」 「わかっておる。だが、戦略陸軍提督の、マック・カーサー中将の弁によると、そもそも ミッドウェイ作戦自体が間違っていたのだというのだな」  ミッドウェイ宙域会戦において敗退しなければ、敵の進撃はなかった。というのがカー サーの言い分である。彼は作戦に反対していた。その彼を差し置いて作戦を実行しておい て、失敗して敵が押し寄せて来たから後をよろしく、という言い分は通用しない。彼は配 下の戦略陸軍の派遣を拒絶し、ミッドウェイ作戦担当者に撤収作戦の責任を押し付けてき たのである。  すなわち、ミッドウェイ宙域会戦の作戦立案を出したスティール・メイスン中佐に本作 戦の指揮命令が下ったのである。 「何にせよ。こちらから向かっていては、とうてい間に合わない。現在一番近くを航行し ているのは貴官の艦隊だ。それもある」 「判りました。その任務、謹んで承ります」 「よろしく頼む」  映像が途絶えて通信が終わった。  姿勢を崩してスティールに語りかけるフレージャー提督。 「マック・カーサーは、君とは何かと因縁がありそうだな」 「ええ。まあ……、いろいろと……」  そう……。  スティールとマック・カーサーとの間にはいろいろとあったのだ。  その手始めは士官学校時代からのことではあるのだが……。 「とにかくだ。作戦立案者であるスティール・メイスン中佐、つまり君に詰め腹を切らせ ようというところだな。ミニッツ提督としても、反対することができなかったのだよ」 「わかりました。バリンジャー星住民の撤収作戦の任につきます。艦隊の一部を貸して頂 けますか」 「もちろんだ。輸送大隊と護衛に一個中隊を連れて行きたまえ」 「ありがとうございます」
   
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