続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇
(一)憂鬱な日々
慎二も無事に退院し、梓の生活にも平穏が戻りつつあった。
しかし心境は以前とまるで変化していた。
慎二に命を助けられたことは、明白な事実である。
炎を掻い潜って助けにきてくれた時は、ほんとに驚いてしまった。
そして、あの炎の中での告白劇も脳裏から離れることはない。
そう……お互いに好きだと告白したこと……。
生きるか死ぬかという極限にあって、果たして分別のある精神状態であったかどう
か……。自暴自棄にはなっていなかったか?
ただ単に相手を安心させるために、口からでまかせに発した言葉なのかも知れない
し……。
命の恩人の慎二はともかく、自分はどうだったのだろうか。
「助かったら、女の子らしくしてくれ……か」
あの時、慎二と交わした約束を思い出した。
指きりげんまんした小指をみつめながら思いにふける。
「あたしって……ほんとに男っぽいのかな……」
確かに、すぐに喧嘩を仕掛けたり、問答無用で相手を投げ飛ばしたり、蹴りを入れ
たりするけど……。
「やっぱり、普通の女の子じゃないわよね……」
潜在意識にある長岡浩二という人物がいる限りは、どうしようもないかも。
しかし指きりげんまんした手前、女の子らしくする努力をしなきゃならないし……
命の恩人の頼みだから、なおさらだ。
「ああ、もう! なんでこんなことで悩まなきゃならないのよ」
思わず大声を出してしまう梓だった。
「あらあら、何を悩んでいるの?」
振り返るといつの間にか絵利香が立っていた。
「梓ちゃん、最近元気がないわよ。せっかく慎二君が退院したというのに」
「だから、悩んでいるのよ」
「そっかあ、命の恩人に対し、どう接したらいいか……悩んでいるんでしょ」
さすがに勘の鋭い絵利香だった。
「命を助けられたからって、普段通りでいいんじゃないかしら」
「女の子らしくしてくれと言われても?」
「言われたんだ……」
「うん……炎の中で」
「そっか……それで悩んでるんだ」
「でもさあ、その時の慎二君は、自分の命を捨てる覚悟の上だったんでしょ。自分に
たいしてではなく、将来に恋人ができた時のことを考えての発言だと思う。つまり、
慎二君にとっては、梓ちゃんが女の子らしかろうが、男っぽいところがあろうが、気
にしていないと思うよ」
「そうかなあ……」
「だって、男っぽいところの梓ちゃんとも結構気が合ってるしさ」
「喧嘩相手としてでしょ?」
「喧嘩するほど、仲はいいのよね」
「どこがよ」
「でも命を張って助けてくれたことは認めるでしょ」
「まあね」
「意外と薄情なのね」
「なんでそうなるのよ」
「自分も慎二君のこと好きなのを認めなさい。そうすれば気が楽になるわよ。そもそ
もの悩みはそこにあるんだから」
図星を突かれて言葉に窮する梓。
「やっぱり好きなのかな……。慎二のこと」
「二人を見てたら、誰だってそう思うわよ。いい雰囲気よ」
「そっかあ……好きだったんだ」
「人事みたいに言わないでよ。自分のことでしょ」
「認めたくないもう一人の自分がいるんだよね」
「浩二君の意識?」
「かもね」
「それは違うわね。そう思うことで逃避しているだけじゃない?」
「はあ……なんか堂々巡りしているわね」
「そうね」
「気分転換にどっか行かない?」
「それもいいかもね」