思いはるかな甲子園
■ 採用します ■
ファミリーレストラン事務所。
梓と絵利香が提出した同意書を確認するマネージャー。
「はい、結構です。ウェイトレスとして、お二人を採用致します」
「ありがとうございます!」
「ただ注意しておきます。あなた方のようにお友達同士でアルバイトなさるケースが
結構ありますが、お仕事中におしゃべりをなさる方が多数いらっしゃいます。あるい
は知り合いのお客様と話し込んでいるのも見受けられます。これは一般のお客様に大
変失礼なことですし、そばで聴いていると非常に耳障りなのです。くれぐれもお仕事
中の私語を謹んでください」
「はい。わかりました」
「私からの連絡事項は以上です。後は、こちらの三園さんから、その他の注意事項、
更衣室の場所や店舗の案内を受けてください。下がって結構です」
「ありがとうございました」
深々とお辞儀をして退室する二人。
「それではお二人ともついてきてください」
マネージャーから紹介された三園という女性の後に続く二人。
「まずは更衣室です。そこでユニフォームを試着していただきます」
案内されて更衣室に入る二人。
「ユニフォームです。試着してみてください。ぴったりでしたら、同じサイズをあと
二着ネーム入りで用意します。毎日着替えて、その日着たユニフォームは……」
と各従業員のネームプレートの貼られたプラスティックのケースの入った仕切り棚
を指して、
「このケースにたたんで入れて、棚に置いてくだされば、こちらでクリーニング致し
ます。特に汚れた箇所やほつれができた場合はメモ書きを添えておいてください」
「わかりました」
「当店では、清潔なイメージを売り物としてますので。毎日着替えて頂くわけですが、
個人で毎日クリーニングするのは大変ですし、つい疎かにして連日で着用したりする
人もいらっしゃるでしょう。そんな事のないように、店でまとめてクリーニング業者
に出して差し上げているわけです。その方が安い代金で請け負ってもらえますしね」
早速、三園先輩から手ほどきを受けながら、ユニフォームの試着をする二人。
「サイズはどうですか?」
「はい。ぴったりです」
「わたしもぴったりです」
「そうですか。お二人とも、お似合いですよ」
部屋の壁の一面は大きな鏡となっており、二人の姿が映っている。
くるりと身体を回転して後ろ姿などを確認しながら、ユニフォーム姿の自分に悦に
入っている絵利香。
「これ、着たかったんだ」
「みなさん。そう、おっしゃいます。このユニフォームを着たいために、アルバイト
はじめる子が多いんですよ」
「やっぱり、そうでしょうねえ」
うんうんと頷くように同調する絵利香。
「とある業界では、結構人気があって、オークションに数万円で出品されることがあ
るそうです」
「それって、女子高生の中古制服を売ってたりするアダルトショップでしょ? ウェ
イトレスの中に、そういう店にユニフォームを売ったりする不届き者がいたわけです
ね」
「ええ。まあ、そうです。ユニフォームは貸与されたもので個人に差し上げたわけで
はないのですけど、やめる時などにこっそり持ち出されてしまう方がいらっしゃいま
す」
「ひどいですわね」
街中を歩いている梓と絵利香。
「ともかく、二人一緒に採用されて良かったね」
楽しそうな表情の絵利香が話し掛ける。
「もし絵利香ちゃんだけ採用されてたらどうしてた?」
歩道と車道を分けているコンクリートブロックの上を、バランスを取りながら歩い
ている梓が質問する。
「うーん。採用します、でもやめます。というのは失礼だから、一人寂しく通う事に
なってたかな」
「みなさん、やさしそうな方ばかりだから。一人でも大丈夫じゃないかな。楽しいバ
イト生活になるよ、きっと」
「あらあ、梓ちゃんが楽しいと感じるならバイトは薔薇色かしら」
「そんな単純なものじゃないと思うけど、心の持ちようかな」
「何にしても、日曜からバイトよ。一緒に頑張りましょうね」
「そうだね」