思いはるかな甲子園
■ 生まれ変わり ■
とある病院の病室。
ベッドに寝ている少女。
そのそばで心配そうにしている少女の両親らしき二人。
「うーん」
少女、目覚める。
母親気が付く。
「あなた! 梓が気づきましたわ」
「本当か」
「ほら目を開けています」
朦朧とする中で、心配そうに自分を見つめている見知らぬ男女に気がつく少女。
「梓ちゃん、聞こえる?」
(梓……? なんだ)
「梓、しっかりしろ」
(俺のことをいっているのか……)
丁度、担当医師が入ってくる。
「先生、梓が、気がつきました」
「どれどれ」
医師、梓のそばに寄り、脈をとっている。
「梓さん。聞こえますか?」
(また、梓……、俺はいったい……だめだ、頭が痛い)
再び目蓋を閉じて眠りにつく少女。
「梓ちゃん」
医師、少女の目蓋を指で開いて、ライトを当てながら瞳孔検査をしている。
「先生……どうですか?」
医師、振り向いて立ち上がる。
「意識ははっきりしていなかったようですが、もう大丈夫ですよ。すっかり良くなっ
ています。二・三日もすれば起き上がれるほど回復するでしょう」
「本当ですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
「あなた……」
母親、父親の胸に。それをやさしく抱く父親。
「よかった。よかった……」
「高いビルから転落したり飛び降り自殺した人というのは、地面に激突する以前に、
墜落の途中で心臓麻痺や脳死によってすでに死んでいると言われます。実際にそれを
確かめる方法がないのであくまで推測の域を出ていませんが。ともかく、お嬢さまが
仮死状態ながらも、無傷で助かったのはほとんど奇跡といっていいでしょう」
病室。
開け放たれた窓のカーテンをそよ風が揺らしている。
ベッドに起き上がっている少女。
「ここはどこだ?」
きょろきょろとしている。
布団をはねのけて、ベッドから降りようとする。
「え?」
女物のネグリジェを着ている自分に気づく少女。
「あんだ、これは! なんで、女物のネグリジェなんか着てるんだ?」
さらに胸の膨らみに気がつく。
「こ、これは……」
そっと胸に手をあてる。
ぷよぷよとした弾力ある感触が返ってくる。
そっと胸をはだけてみる。
豊かとは言えないが少女にはふさわしいほどの胸の膨らみがあった。
「なんで胸があるんだあ」
合点がいかないようすの少女。
「まさか……」
下半身に手をあてる少女。
「ない……」
あまりのショックに声も出ないと言った表情。
そうなのだ。何を隠そうこの少女の身体には、長岡浩二の精神が乗り移っていたの
である。
自分の身に一体何が起きたのか思い起こそうとしている。
「たしか……」
やがてビルからの転落事故の記憶が蘇ってくる。
「そうか……上から人が落ちてきたんだ……そして、気がついたらこのベッドの上に
いた。しかもこの身体……」
その時母親が入室してくる。
あわてて隠れるように布団に入り込む少女。
「梓! 気がついたのね」
「……」
布団から顔だけを出すようにして、入室してきた人物を見ている。
母親、少女の枕元にやってくる。
少女あわてて布団を頭からかぶる。
緊張して心臓もドキドキ。
「気分はどう? 梓」
やさしく声をかける母親。
(梓って、いうのか……この身体の主の名前は……そしてこの女性はその母親みたい
だな)
ゆっくりと顔を出す少女、梓。
にこりと微笑んでいる母親の表情。
「ここはどこ?」
「病院よ。あなたはビルの屋上から転落して、救急車でこの病院に運ばれたのよ」
「病院……」
母親、梓の額の汗をハンカチで拭ってやっている。
「そうよ。一時は仮死状態にまでなったんだから。でも奇跡的に息を吹き返したの」
「……」
「でもよかったわ、多少の打ち身はあるものの、身体には何の支障もなくって。ビル
の一階に張り出された天幕の上に丁度うまい具合に落ちたから、それがクッションの
役目を果たしたのね」