響子そして
(二)覚醒剤  離婚調停が成立し、わたしは資産家の祖父を持つ母親に引き取られる事になった。  自宅は、祖父が建ててくれたものである。当然、母親はそのまま自宅に住み、父親 は愛人の元に去って行った。  母子家庭になったとはいえ、祖父の資産で裕福な生活を続けられた。父親がいない のを可哀想に思い、以前にも増してやさしくなった母親の下で、それなりに幸せな家 庭を築いていた。  その後、母親にはいろんな男が言い寄ってきた。祖父の資産が目的なことは明らか であったので、母親は突っぱねていた。息子であるわたしに対してもやさしく近づい て来る者も多かったが、当然わたしだって御免こうむる。  しかし、ついに母親はある男の手中に落ちた。  母親は、その男に夢中になった。  男を家に迎え入れ、毎夜を共にするようになった。  わたしは、財産目当てのその男を毛嫌いし、母親に早く別れた方がいいと言った。 懇願した。  しかしいくら懇願しても、母親は言う事を聞かなかった。  やがて男は、水を得たように散財をはじめた。祖父から譲り受けた資産を食い潰し ていった。それでも母親は、別れたがらなかった。  貞操だった母親がこうも変わるはずがない。  不審に思ったわたしは、小遣いをはたいて興信所を使って、男の素性を調べはじめ た。  男は暴力団に所属している覚醒剤の売人だった。  母親が離婚訴訟で四苦八苦している時に接近し、 「この薬を飲めば疲れが取れますよ」  と騙して覚醒剤を渡し、言葉巧みに母親を術中に陥れたのである。  覚醒剤の虜となった母親は、その男のいいなりになった。  ある夜。母親の寝室に忍び込んだ。 「さあ、今夜も射ってあげようね」  覚醒剤を母親の白い腕に注射する男。まるでそれを待っていたかのように母親の表 情が明るくなった。 「ああ……」  覚醒剤を打たれた母親は、やがて虚ろな眼差しになり、 「あなた……愛しているわ。抱いて」  と、男にすがりつくように抱きついた。  貞操を守り続けてきたはずの母親の変貌ぶりが信じられなかった。  その身体に男が重なっていく。  その柔肌を男の手が蛇のように撫で回していく。  ふくよかな乳房を弄ばれ、女の一番感じる部分に触られる度に、歓喜の声を上げる 母親。 「お願い、入れて。せつないの、早く」 「なにをしてほしいんだ」 「あなたのアレをわたしに入れて」 「アレとはなにかな」 「お・ち・ん・ち・んよ。お願いじらさないで……」 「もう一度言ってみな」 「あなたのおちんちんをわたしのあそこに入れて」 「そうか……入れて欲しいか」 「お願い、早く入れて」  わたしは、淫売婦のように男の言いなりになっている母親の姿をこれ以上黙って見 ていられなかった。たまらなかった。  気がついたら、わたしは近くにあった電気スタンドを手に握り締め、ベッドの上の 男を襲っていた。  ベッドの白いシーツが、男の鮮血で染まった。  裸の母親の身体にも血が飛び散る。  それでも構わず、男の頭を何度も何度も電気スタンドで殴りつける。  男はベッドから、どうっと落ちて床に倒れ動かなくなった。  はあ、はあと肩で息をし、母親の方を見る。  自分の愛する男が、目の前で殺戮されたのに、少しも動揺していなかった。  やがて母親は擦り寄ってきて、あまい声で囁くようにねだった。 「抱いて……入れて、はやく。もう我慢できないの」  両腕をわたしの背中に廻すように抱きついてくる母親。  完全な覚醒剤中毒症状だ。  意識が弾き跳んでしまって、愛人と自分の息子との区別すらできなくなっていた。 男に抱かれて、ただ愛欲をむさぼるだけのメス馬に成り下がっていた。  こんな惨めな母親の姿は見ていられなかった。  わたしは、その白くて細い首に手を掛け、力を入れた。 「く、くるしい……。ひ、ひろし」  首を絞められて息が詰まり、正気を取り戻してわたしの名を呼ぶ母親。  しかし、わたしは力を緩めなかった。  わたしの腕を振り解こうとする母親のか細い腕にあざとなった数々の注射痕が痛々 しい。  涙で目が霞む。 「ご・め・ん・ね……」  母が、かすれながらも最後の力を振り絞って声を出していた。  それが母親の最後の言葉だった。  死ぬ寸前になって、自分のこれまでの行為を息子のわたしに詫びたのだった。  母親は、息絶えベッドに倒れた。  わたしの目に涙が溢れて止まらなかった。
     
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