特務捜査官レディー・ (響子そして/サイドストーリー)
(五十四)睡眠薬  それでも言う事を聞かない女性には、覚醒剤である。  奴らの本当の目的は売春婦を斡旋することであり、AVビデオは副業として行って いることなのだ。  目の前に置かれた睡眠薬の入ったコーヒー。  さて、どうするべきか……。  飲まなければ、いつまで経っても先に進まない。  覚醒剤の中和剤を投与しており、これは睡眠薬に対しても効果がある。  だから薬で眠らされることはないのだが、眠っている振りをするのも、果たして上 手くいくかが問題だった。  まあ、何とかなるでしょう。  コーヒーカップを手に取って飲んでいく。  コーヒーの独特の苦味によって、薬の味はかき消されている。  コーヒーに含まれるカフェインは本来覚醒作用のあるものだが、睡眠薬の方が強力 なのでやがて眠りへと入っていく。 「あれ……。何だか眠くなってきたな……」  いかに中和剤を飲んでいるとはいえ、完全に睡眠薬の効果を遮断することは不可能 だ。ある程度は効果が現れてしまう。  そもそもこの囮捜査に際して、緊張と興奮によってここしばらく不眠状態が続いて いたのである。睡眠不足と睡眠薬との相乗によって、いつしかまどろみを感じはじめ ていた。 「まあ、いいわ。どうせ、組織員がやってくるまではしばらく時間がかかるだろうし ……」  それに、今この状況は敬にも聞こえているはずだから……。  というわけで、ちょっとばかし眠らせてもらうことにした。  その頃。  敬は、スーパーカーの中で真樹の髪飾りに仕込まれている盗聴器から届けられる音 声に聞き耳を立てると共に、車載のナビゲーションシステムに釘付けになっていた。  真条寺家のメイドである神田美智子が持ってきたこのスーパーカーには、最新式の ナビゲーションシステムが搭載されている。  上空の衛星軌道にあるスパイ衛星や通信衛星に接続され、ありとあらゆる情報がリ アルタイムで判るのである。 「今映っているのは、真樹さんのいる部屋の透視映像です。二つの生命反応が見られ ます。この動いているのが勧誘員でしょう。そしてこちらの動かない点が真樹さんだ と思われます」  生きている人間はもちろんのこと物質であるものはすべて、常に熱を発生して目に 見えない遠赤外線や電波を出している。それはコンクリートの壁を透過してしまうほ どのもので、その遠赤外線や電波を軌道上にある三つの衛星を使って三点透視図法的 に画像処理すれば、どんな場所でも3Dな映像として現わすことができるというわけ だ。また人間は電気を通す導体でもあるから、地球地磁気の中で動き回ればフレミン グの法則どおりに電場も生じる。それらの極微弱な電流変動さえをも見逃さずに感知 できる、完璧な究極の探知システムである。そんな最新鋭のシステムの端末がこの車 には搭載されているのである。それらはすべて、真条寺家当主である「梓」の生命を 守るために開発されたセキュリティーシステムの一部で、その一部を間借りして使わ せてもらっているのである。もちろんそのために梓の専属メイドの神田美智子が同行 してきているのである。参照*梓の非日常より 「動かない?」 「先ほどの会話を聞いていなかったのか? 出されたコーヒーは当然睡眠薬入りだろ う。薬が効いて眠ってしまったか、眠った振りをしているかのどちらかだ」  黒沢医師が解説する。 「なるほど……」 「とにかく奴らの仲間が来るまでは安全だろう。何にしても部屋の様子はこうして手 に取るように判るのだ。とにかく、気長に待つしかないだろう」  敬としても判りきっていることである。  奴は覚醒剤を所持しているはずである。  それだけでもとっ掴まえる材料にはなるが、仲間をも一緒にまとめてしまったほう が、後々のためにもなる。  だいいち令状もなしに踏み込むことなどできないじゃないか……。  とはいえ、恋人である真樹を渦中の只中に置いていることには心中ただならぬもの があるのだ。今すぐにでも駆け込んで真樹を救出したいという気持ちで一杯であった。 「まあ、何にせよだ。真樹ちゃんは、身に降りかかるであろうすべてを承知の上で頑 張っているのだ。恋人としてやるせない気持ちは理解できるが、彼女が成果を挙げる までは、ここから見守ってやろうじゃないか」  その時、美智子が突然叫んだ。 「あ! 不審な車が駐車場に入っていきます」 「どれどれ?」  黒沢医師と敬がナビゲーターに目を移す。  黒フィルムを全面に張って中を見えなくした車が地下駐車場に入っていくところだ った。 「いよいよだな」
     
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