特務刑事レディー・特別編
(続・響子そして)

(五)帰国  ジェット気流に揺られる事、十余時間。  何とかエコノミー症候群に陥ることもなく無事に成田に着いた。  何はともあれ入国(帰国)手続きである。  入国審査官にパスポートを提示する。もちろんパスポート写真は斉藤真樹のもので あり、もちろん性別は女性である。整形して似せてあるが、果たしてばれないかと心 臓は早鐘のように鳴り続けている。  審査官は、パスポート写真とわたしの顔を、ためつすがめつ見比べて、本人かどう かを念入りに確かめた後に、 「結構です。お帰りなさいませ」  とパスポートをぱたんと閉じて返してくれた。  無事に斉藤真樹として帰国できたのである。  さて日本に無事帰ってこれたのはいいが、以前住んでいた警察寮には戻れないし、 実家では死亡したとして葬式も済んでいるだろうからやはり無理がある。  以前の自分はすでに死んでいる。もはや斎藤真樹として生きるしかない。 「やはり真樹さんの実家に行ってみるしかないわね。すべてを話して理解してもらお う。結果として拒絶され非難を浴びせられてもても致し方ない事、すでに真樹さんが この世にいないことを伝えるだけでもしなければならないから……」  真樹は、身分証に記された彼女の実家へと向かった。 「同じ都内で助かったわ。これが北海道とか九州沖縄だったら大変だよ」  電車をいくつか乗り継いで、実家近くの駅で降り立つ。駅近くの荷物預り所にスー ツケースを預け、さらに駅前交番で地図を見せてもらってメモ書きし、その場所へと 歩いていった。タクシーに乗らずに歩いたのは、それほどの距離でもなかったし、自 宅に近づくに連れて高まるだろう胸の鼓動を、鎮めるためでもあった。 「ここが真樹さんの家か……」  4LDKと思しきごく中流家庭の民家だった。 「真樹、お帰りなさい」  背後で声がした。 「え?」  振り返ると自転車かごにスーパーの袋を満載に乗せた女性が立っていた。年の頃四 十代前半くらい、真樹の母だと思った。 「どうしたの? 自分の家の前で突っ立ってるなんて。鍵をなくしたの?」 「違うんです。あたしは、真樹さんじゃないんです」 「何言ってるのよ。旅行疲れと時差ボケ? とにかく中に入りなさい」  母は完全に真樹と思い込んでいるようだった。先生が施した整形手術は、母親でさ えも気づかないほどに完璧に真樹にそっくりに形成されていたのだ。  何にしても立ち話では、納得いく説明をすることができない。言われた通りに中に 入ることにする。  自転車かごのスーパー袋を降ろして持ってやり、母が家の鍵を開けるのを待って、 一緒に中に入る。 「疲れているでしょうから、今日は夕食の手伝いはいいわ。お部屋で休んでなさい」  そうか、真樹は夕食の手伝いをしているのか……。となると家の掃除や洗濯も、た ぶん分担しているのだろうと思った。母一人でこの4LDKの家全体を掃除するのは 骨が折れるはずだ。もし自分を真樹と認めてくれたら、ちゃんと手伝いをしてあげよ う。  台所でスーパー袋の食品を分けて、冷凍冷蔵庫や床下収納庫などへしまう手伝いを する。  スーパー袋の内容をすべて収納を終えて、 「お茶にしましょう」  ということで、食卓に着席してのティータイムとなった。 「ニューヨークはどうだった?」  すっかり真樹と信じ込んでいる。このまま巧く立居振る舞いを続ければ、真樹とし て暮らしていけるかも知れないと思った。  しかし元警察官の心意気か、人を騙す行為はできるはずがなかった。 「お母さん、聞いてください」 「なあに?」  意を決して、真樹はすべてを話しはじめた。  彼女が事件に巻き込まれて脳死状態であった事、組織に狙撃されて重体に陥った自 分にその臓器が移植された事、自分の代わりに茶毘に伏された事。顔を真樹そっくり に整形して、彼女のパスポートを使って日本に帰国した事。  そしてすべてを報告するために、この家を訪れた事を。