純愛・郁よ

(二)デート  外へ出る。  丁度、隣の奥さんと出くわした。 「おはようございます」  軽く会釈して挨拶してくる。 「あ、おはようございます」  俺もそれに答える。いつもそれで終わりだ。そのまま階段に向かう。  やがて後からおめかしした、郁が出てくる。  鍵を掛け、奥さんに気づいて、明るい声で挨拶している。 「おはようございます」 「おはよう、郁さん。今日はめずらしくご主人と一緒なのね」  奥さんも明るい表情になって、郁に向かって話し掛ける。 「ええ。これからデート」 「まあ、ご馳走様。でも、うらやましいわ。お二人ともとっても仲がよろしくて」  俺の時は、挨拶程度しかしないのに、郁が相手だととたんに弁舌になる。  郁は近所付き合いを大切にする田舎で育ったので、挨拶はもちろんのことどんなこ とでも自分の方から気さくに話し掛けている。近隣では知らない者はいないし、明る くてほがらかな主婦、若いのにしっかりとしていると評判である。特に仲の良いお隣 さんは、妹のように接してくれている。  二人の会話にはついていけない。先に階段を降りて車の所へ行く。  車の所から、見上げると、まだ二人で喋っている。  女同士って、どうしてこうも喋るのが好きなんだ。 「おーい。早く、こい。置いてくぞ」  郁に向かって大声を張り上げる。お喋りに夢中だと聞こえない事があるからだ。 「いけない! じゃあ、行ってきます」 「楽しんでらっしゃい」  そうなのだ。  俺達は、近所付き合い上、一応夫婦ということになっている。  本当は兄妹にしたかったのだが、郁が泣きそうな顔するので、夫婦にするしかなか った。  郁は、誰がどうみても女にしか見えない。声も完全な女の声だ。  このアパートを借りる時にも、夫婦二人ということで契約した。その方がすんなり と通るからだ。部屋の下見にも二人で行った。案内する不動産屋は俺達が実は男同士 だなんて気がつかない。気がつくはずもないから夫婦として借りられるのだ。  表札には、大きな俺の名前の脇に、夫婦のように少し小さめの文字で郁と書かれて ある。  りんごの皮を剥きながら、るんるん気分の郁。 「はい。あーんして」  と言いながら、切り分けてフォークに刺したりんごを俺の口元に持ってくる。  うんむ  とそれを頬張る。 「うふっ」  久しぶりのデートだから、ほんとに幸せそうだ。  今日は、郁のたっての願いの、ディズニーランドへデートだ。  何が哀しゅうて、大の男がディズニーへ行かにゃならんのだ。 「あら、本場のアメリカじゃ、夫婦で一緒に楽しむ人が多いそうよ。特に子育てを終 えた初老の夫婦の方が子供よりも多い日もあるって」 「俺は、子供でも初老でもないぞ」 「それにしても、道混んでるわね」 「日曜日だから、仕方がないよ」 「まあいいわ。夜景のディズニーも奇麗だから」
     
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