第五章・それぞれの新天地 
Ⅲ  どれくらいの時間が経ったのであろうか。  私は目を覚ました。  天井から吊るされた照明が眩しい。 「生きているのか?」  だが、すぐに異様さに気が付いた。  眩しさに目を覆おうとした手に異変が起きていた。  身体の皮膚を突き破って芽が出ており、照明に向かって伸びていた。 「やはり感染していたか……」  今までの例では芽が出た患者は、すべて死んでいた。  心臓をやられての心筋梗塞・心不全、肺をやられての肺栓塞、脳にまで達しての 脳出血・脳梗塞などで。  しかし生きているのは何故だ?  体内は、完全にシダ植物に支配されてしまっているようだ。  しかし息苦しさはない、というか息をしている感じがない。  まるでシダ植物が、自分を生かし続けていたようだった。  自殺剤として投与した高濃度の塩化カリウムは、人間にとって高カリウム血症か ら心不全を引き起こすが、植物にとっても除草剤であり枯れ死させる成分でもある。  枯れ死すると気づいたシダが、藁をも掴む手段で寄生体に遺伝子を預けて、何と かして生き残ろうと足掻いたのかもしれない。  共生関係か?  造礁珊瑚が体内に褐虫藻を共生させているように。  人間を含めた真核生物の細胞の中にも、ミトコンドリアという好気性細菌が共生 しており、エネルギー供給を担っている。今やミトコンドリアなしで生きてはいけ ない。  生き延びたとして何ができる?  仮に船が動いたとしても、一人ではどうしようもない。  これから先、いつまで生きられる?  少なくとも、胞子の恐怖からは解放されたようだが……。  ベッドから降りて歩き回ってみた。  植物は動けないが、動物は動けるのが利点であることを知った。  目覚めの一杯の水を飲んでみた。  五臓六腑に染み渡る……という感じが本来するのだろうが、大半を植物の方が吸 収してしまっているようだ。 「少し眩暈がしてきたぞ……」  自殺依頼食事は摂っていない、腹が減っても良さそうだが、空腹感はない。  そもそも食糧庫はすでに空っぽで食べられるものはない。  外へ出てみる。  燦燦と降り注ぐ日光。  眩暈も治まってくるし、活力がみなぎってくる感じがした。 「これは……もしかして植物としての能力を体得したのでは?」  今後は、水と少しのミネラルを補給すれば、光合成で生きていけるようだ。  ベンチに腰かけて、日光を精一杯浴びる。  数時間ほど、そうやって時を過ごしていると、首筋に違和感を感じる。  触ってみると、何やら瘤状のものができていた。 「もしかしたら……出芽? それとも前葉体でもできたのか?」  生物学者であるから、シダ植物の生活環は理解している。  瘤は少しずつ成長して、うずらの卵くらいになった時にポロリと抜け落ちた。  それを拾い上げて、しばらく見つめていたが、 「植えてみたらどうなるかな?」  直射日光の当たらない日陰で、湿気のある場所の土の中に植えてみた。  時折水を与えながら、数日観察してみる。  やがて土の中から芽が出てきた。 「おお! 出た、出たぞ」  これから、どのように成長するかと期待して数日を過ごす。  芽は順調に伸びていった。  背丈くらいまで伸びた頃、上に伸びるのが止まり、先端辺りが膨らみ始めた。ど んどん膨らみ、その重みで垂れ下がって地面に触れた。  それはまるで繭(コクーン)のようだった。  中では何かが蠢いており、どうみても生物らしきものだった。  生物は、繭から栄養分を貰って成長しているようだった。 「これは繭というよりも、子宮と言った方が良いかも知れない」  しばらく見守っていると、子宮が収縮して中の生物を押し出した。  それはそれは玉のような赤ん坊……といっても良いのだろうか?  生れ出た? 赤子の姿は、一見人間のように見えるが、全身緑色で葉緑素を含ん でいるようだ。  動物たる人間と植物たるシダ植物が合体した新生物の誕生である。  簡潔明瞭に『植人種』という生物分類を作った。  彼を見て最初に思ったのは、 「生殖はできるのだろうか?」  ということだった。  自分の身体から出芽した生物なのであるから、彼自身からも出芽して子孫を残せ ようではある。  その子供の名前を『トゥイストー』と名付けた。  トゥイストーに対して、移民船に搭載されている教育コンピューターを使って、 知識を教え込んだ。  彼は、貪欲に知識を吸収して、宇宙船の設計をできるまでの博学を覚え込んだ。  私とトゥイストーによる出芽・増殖によって、植人数は次々と増えていった。  500年が経ち、植人種達も一億人を超えて宇宙に乗り出し始めた。
     
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