第四章
Ⅱ 半舷上陸  宮殿謁見の間。  クリスティーナ女王とネルソン提督が向き合っている。 「ネルソン提督」 「はっ!」 「悲しい報告をしなければなりません」 「……?」 「ドレイク中将が、オルファガ宙域戦線で戦死しました」 「ドレイクが? あのフランシス・ドレイクが死んだのですか?」 「そうです。太陽系連合王国の第七艦隊の空母エンタープライズより発進した艦 載機の反復攻撃は、旗艦ゴールデン・ハインドを撃破し、ドレイク中将は……」 「そうか……ドレイクは死んだのか……」  悲しそう表情をして俯く。 「彼は、士官学校の同期でしたね」 「よき友であり、ライバルでした」  トリスタニア市街地高速帯を、アンドレとエミリアの乗ったエアカーが進んで ゆく。  運転席で黙々とエアカーを操縦するアンドレ。  心配そうなエミリア。 「どうかなすったの?」 「え? 何が……?」 「あなたは変わったわ。以前のアンドレではないみたい……」 「そうかい? ……僕は僕だけどな」 「戦いは人を変えるって本当なのね」 「殺したり殺されたりの連続だからな。僕だって、いつ死ぬかもしれないんだ」 「やめて!」  耳を塞ぎ、顔を背けるエミリア。 「あなたが死ぬなんて、そんなこと……」 「しかし戦争だからな」 「戦争……いつ終わるのかしら」  エミリア、悲しそうな表情で外を見つめている。  遠望に市街地を見渡せる郊外の家。  その庭先に、エアカーが飛来して停止する。  ドアが開いて兵士が降りて、後部ドアを開けて敬礼する。  ネルソン提督が降りてくる。 「では、明朝八時にお迎えに参ります」 「よろしく頼む。参謀会議は八時半からだったな」 「はい、その通りです」 「うむ。ご苦労だった」 「はっ。では失礼します」  兵士敬礼して、再びエアカーに乗り込んで出発した。  エアカーの去って行った方向をしばし見つめている。  やがて、ゆっくりと玄関に向かって歩き出す。  その脇を子供が走り抜ける。  ふと振り返ってネルソンを見る子供、見つめるネルソン。  台所でネルソンの長男の妻が、夕食の支度をしている。  玄関のドアが勢いよく開いて、子供が駆け込んでくる。 「ママ! ただいま、おやつは?」  台所から顔を出して、 「テーブルの上よ。レオン、家の中では走ってはいけないって言ってるでしょ。 それに、またドアを開けっ放しにして駄目でしょ。あら……」  玄関にネルソンが立っている。 「お父様!」 「や、やあ」 「いつ、お帰りに?」 「今朝だよ。上がってもいいかね」 「え? ええ、どうぞ」  エミリア邸の玄関からアンドレが出てくる。 「本当にいいの? 泊まっていけばいいのに……」 「士官寄宿舎だって捨てたものではないよ。いつ乗艦命令が出るか分からないし ね」 「そう……」  二人抱き合う。 「今度は、いつ帰ってこれるの?」 「分からない。いつ出撃命令が出るかも知れないし、その時は数年は帰ってこれ ないかもしれない」 「アンドレ……」 「じゃあ、行くよ」  エアカーに乗りエミリア邸を後にするアンドレだった。  その行き先をじっと見つめるエミリア。  郊外の家。  応接室に集まったネルソンの家族。  息子のレオナルドは造船所に勤める技術者である。  その横で玩具で遊んでいる孫のレオン。  コーヒーを二人の前に持ってくる妻のフランシス。 「レオン、もう寝る時間ですよ」 「はあい。お休みなさいママ」  渋々と答えるレオンの頬にキスをするフランシス。 「お休みなさいパパ」 「はい。お休み」  フランシス、レオンを子供部屋へと連れてゆく。  二人を見送って、話をはじめる父と息子。 「父さん、戦況はどうなっていますか?」 「ああ、ケンタウリ軍は、トラピスト星系連合王国の絶対防衛圏のすぐそばまで 進軍してきているのだ。この本星にまで襲い掛かってくるのも時間の問題だ」 「ケンタウリ軍には、最強のゴーランド艦隊がいますからね。連合王国の中には、 ゴーランドと和平を結ぼうとしている侯国もあるとか聞きましたが……」 「そういう噂もあるらしいが、実際はどうだか分からん。今の状況では、絶滅さ せられるより、屈辱に耐えてでも生き延びる方が、賢明と考える者もいるのだろ う」 「それでクリスティーナ女王は、どのようにお考えなのですか?」 「もちろん徹底抗戦のおつもりらしい」 「やはりね。女王様らしいや」  軍宿舎廊下に兵士たちが屯(たむろ)している。 「ところで軍曹」 「馬鹿野郎! 俺は軍曹じゃねえ」 「あ、そうか。昇進して曹長になったんだっけ」 「よく覚えておけよ」 「へい。曹長殿……だけどよ、軍曹も曹長も大して変わらないですよね」 「何だと、もう一度言ってみろ!」 「では、伺いますが。一つ昇進して待遇が良くなりましたか?」 「そ、それは……」 「宿舎にしたって、個室に入れるのは少尉以上じゃないですか。宿舎の外へ自由 に出られるのも佐官クラスだし」  別の兵士も話題に割り込んでくる。 「そうそう。寝泊りは、我らと同じ相部屋だし、食事も就寝時間も皆同じ。要す るに学校でいるところのクラス委員長みたいなものですよ」 「士官学校を出ていない我々一般兵士は、よほどの手柄を上げない限り、昇進し てもせいぜい曹長どまり、要するに消耗品なんですよ」 「ううむ……」  苦虫を潰したような表情をしている曹長殿だった。  軍宿舎入り口。  玄関の詰め所の奥で、守衛が二人チェスをしている。  受付にアンドレがやってくる。 「誰かいませんか?」  返答がない。  チェスに夢中で聞こえなかったようだ。 「おい、誰か来たみたいだぞ」  やっと気が付く守衛。 「誰だい、今時分」  髪を掻き撫でながら守衛が出てきて、胡散臭そうに対応する。 「何の用だ。門限はとっくに過ぎているんだぞ」 「悪いな。連絡は取ってあるはずだが……アンドレ・タウンゼントだが」 「ちょっと待ちな」  と言って、連絡帳を開く。 「えっと、アンドレ……タウンゼントね。……!」  連絡帳には、少佐の階級を持つアンドレの名前が記されていた。 「しょ、少佐殿!」  改めてアンドレの服に付いている階級章を確認する守衛。 「こ、これは失礼しました!」  姿勢を正して敬礼する。 「はい。確かに連絡を受けております」 「早速部屋に案内してくれないか」 「かしこまりました」  中にいる同僚に向かって、 「おい、ジョン。ちょっと来い!」  同僚が出てくる。 「少佐殿を、お部屋までお連れしろ!」 「分かりました。少佐殿、お荷物をお持ちします」 「いや、いいよ。これだけしかないから」  と小さな鞄を軽く持ち上げた。 「そうですか……。では、こちらです」  先に立って廊下を歩きだす。 「ところで次の出撃はいつだろうなあ」 「さあ、どうだろうな。明日参謀会議だろ? 明日の夕刻までには、何かしら分 かるだろう」 「詳しいことまでは、我々下っ端には教えてくれないよ」 「オリオン号の修理次第だろうな」 「今度出撃したら、二度と帰って来れないような気がするな……」 「何を馬鹿なことを言ってるんだ!」 「しかし、オルファガ戦域では第七艦隊が惨敗して、ドレイク中将が亡くなられ るし、我が艦隊だって酷い有様だ」  廊下の向こうからアンドレが歩いてくる。 「あ……。おい、艦長が来るぞ!」 「本当だ」  一同振り向き立ち上がる。  アンドレが守衛と共に傍までやってきた。 「おまえら、こんな所に集まって何をしているんだ?」 「艦長こそ、今時分にどうしたんですか?」 「いや何ちょっとな。そんな事より、お前らこそ早く休め! いつ出撃命令が出 るか分からんのだぞ。眠れるときに眠っておく、兵士の心得だ」  まだじっと立っている兵士らを見て、 「何をしている。早く寝ろ! 消灯の時間だろ!」  怒鳴られて、一同散り散りに各部屋へと戻っていった。 「うん。いい子達だ」  部屋に案内され、物色するアンドレ。 「なかなかいい部屋だな」 「この宿舎で一番の部屋ではないかと存じます」 「ご苦労だった。下がっていいよ」 「はっ。自分はドアの前で守衛に立っておりますので、御用がありました何なり と」 「守衛の必要はないよ。休みたまえ」 「いえ。佐官以上の方がお泊りの時は、守衛を一人ないし二人付くことになって おりますので。それに……」 「それに……?」 「はい。凍えるような夜風の吹く外番よりもここの方が……」 「ん? それもそうだな……仕方がないな。あまり音を立てるなよ」 「了解しました!」  敬礼して部屋を出るジョンだった。
     
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