第十八章 監察官
V  TVから映像と音声が流れている。  何事かと注目する将兵達。 『どうしようというのだ』 『監察官特務条項の第十三条。敵前逃亡司令官に対する条項により、ランドール提督 を処断させて頂きます』 『つまりこの場で銃殺するというのだな』 『その通りです』  銃を突きつけられている提督と周囲の緊迫した情景が映し出されている。 「銃殺だって!」 「おい。嘘だろ」  もはや食事どころではなかった。  その緊迫した映像と音声を見逃すまいとして、全員がTVの前に集まって釘付けに なっていた。  居住区の私室に備え付けられたTV、統合通信管制室、機関部、艦載機発進ドック、 各所の艦内放送用のプロジェクターにも随時投影されていた。  サラマンダー艦隊に所属するほとんどの将兵が、今まさに艦橋で繰り広げられてい る現状を、食い入るように見つめていた。  映像の中のアレックスが、落ち着いて答弁している。 「そうか……仕方ないな」 「最後の猶予を与えましょう。三つ数えます。それまでに決断してください」 「勝手にしたまえ」 「一つ!」  監察官がカウントを始めた。 「提督!」  周囲のオペレーター達が駆け寄ってくる。  それを制するように怒鳴るアレックス。 「持ち場を離れるんじゃない!」 「し、しかし」  大声にびっくりして思わず立ち止まるオペレーター達。 「監察官。君が、敵前逃亡罪で私を処断するというのなら、甘んじて受けようじゃな いか。私は、第十七艦隊に所属する全将兵、私に従ってきてくれる素晴らしい部下た ちの生命を守る義務がある。このシャイニング基地に押し寄せている艦隊の数は三個 艦隊におよぶのだ。どうあがいても尋常な手段では勝てないし、ただ全滅するしかな いことは目に見えている。勝てる見込みのない戦いを、部下達に強要することは断じ てできないのだ」  冷ややかな目つきでそれに答える監察官。 「そう言って、部下達の同情を得ようとしているだけだ。提督の自己陶酔に付き合っ ている時間はない。二つ!」 「自己陶酔か……確かにそうかも知れないな」 「提督が、こんな奴に処断されるなんて許されません」 「そうです。敵艦隊は迫ってきているんです。提督がいらっしゃらないと」 「何を、弱音を吐いているんだ!」  強い口調で叱責するアレックス。 「私はこれまで、君達に戦い方の何たるかを教えてきたつもりだ。部下を信じてすべ てを任せ切りにしたこともあった」  その言葉にスザンナが、そしてパトリシアが反応する。  スハルト星系でのこと、タシミール星収容所のこと。  それぞれの思いが脳裏に蘇ってくる。  アレックスは言葉を紡ぐ。 「どんな境遇にあっても、自らの判断と意思で不言実行できるような指揮官たる能力 を身に付けられるように努力し、そうなるように育ててきたつもりだ。例え私がいな くても、君達だけでも十分に事態を収拾できると信じている」 「たいした自信だな。私にはただの自惚れとしか聞こえないな。三つだ!」  ブラスターを構える腕に力がこもる。 「どうやら意思は固いらしい。命令を変えるつもりはないな」 「もちろんだ。我が第十七艦隊はシャイニング基地を放棄して撤退する」 「そうか……では、ここで軍務により君を処断する」  ブラスターの引き金に掛けた指先に力を込める監察官。
     
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