第十七章 リンダの憂鬱
[ 「諸君、そのまま聞いてくれ」  と一言置いてから、静かに言葉を紡いでいく。  食堂は静まり返り、提督の話を聞き漏らさないようにと、耳を澄ましていた。 「すでに諸君らも聞いていると思うが、連邦の艦隊がついに出撃を開始した」  ざわざわとどよめきが沸き起こる。  とうとう来たかというため息が漏れる。 「このシャイニング基地には三個艦隊が押し寄せていることが判明した。しかしだか らと言って、恐れおののき、慌てふためくことだけはしないで貰いたい。今後の作戦 は、これから参謀達と協議して決定するが、すべてを私と配下の有能なる指揮官に委 ねて欲しい。私には君達の生命を守り、家族の元へ送り届ける義務がある。無駄死に するような戦いに誘い、悲惨な結果となるようなことは決してしないから安心してく れたまえ。そしていざ戦いとなった時は、己の能力のすべてを引き出してそれぞれの 任務を全うして欲しい。諸君の健闘を期待する。以上だ」  ざわめきが去り、静けさが食堂を覆いつくした。事の重大さに動くものはいなかっ た。  それぞれにアレックスの語った内容を吟味しているのであろうか。 「さて、食事だ」 「え? すぐにでも作戦会議を招集するのでは?」 「それは食事の後だ。戦闘の前にはちゃんと腹ごしらえしなくちゃな。それも軍人の 責務だ」 「はあ……そういうものでしょうか?」 「そうだよ。食べられる時に食べておくもんさ」 「わたしもご一緒してよろしいですか?」 「ああ、かまわんよ」  放送を終えて、テーブルに戻ろうとした時だった。 「提督。質問があります」  一人の下士官が勢い良く手を挙げて立ち上がった。 「何かね。アンドリュー・レイモンド曹長」 「え?」  いきなり名前と階級を当てられてびっくりしているレイモンド曹長。 「提督は、どうして一介の下士官である自分の名前をご存知なのですか?」  本来の質問の前に、確認してみる。 「作戦大会議に召集されたにも関わらず寝坊して遅刻し、罰として会議室の後方で立 たされた上に、居住区の男子トイレ全部の清掃を命じられた君の事は忘れるはずがな かろう」  食堂に大爆笑が湧き上がった。 「そ、そんなことまで覚えてらっしゃるのですか?」 「遅刻してきたのは君だけだ。しかもぐっすり眠っていたなんて、よほどの図太い精 神を持っていると感心していたのだ。それで覚えていた」  食堂のあちらこちらから、くすくすという笑い声が聞こえている。  便所掃除をさせられている当人をからかったりした者もいるだろう。しばらく艦内 の話題の人となっていた。そんな思い出し笑いが続いている。 「提督って意外と物覚えがいいんですね」  フランソワがレイチェルに囁いている。 「あら、知らないの?」 「何がですか?」 「提督の記憶力は艦隊随一なのよ。一度覚えた将兵の顔と名前は絶対に忘れないわ」 「え? お姉さまが一番じゃなかったんですか」 「一応そういうことになってるだけ。記憶力はパトリシアの十倍以上は軽くあるんじ ゃないかしら」 「う、うそでしょ?」 「計算能力でも、艦隊一と言われているジェシカをはるかに凌いでいるのよ。類まれ なる記憶力と計算処理能力があってこそ、不時遭遇会戦での突然の敵艦隊との戦闘が 起こっても、あれだけの完璧な作戦を考え出し、見事な勝利へと導いてくれることが できるのよ」 「知りませんでした」 「いいこと、この事は他言無用よ。提督はご自身の自慢話になるようなことはあまり 公表されたくないらしいの。艦隊参謀長の副官であるあなただから教えてあげたのだ から」 「判りました」
     
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