第十六章 新艦長誕生
W  場内がざわめく。  但しタシミール星捕虜救出作戦における出撃の際に、事前に知らされていたカイン ズだけは落ち着いていた。 「提督。艦隊参謀長は、大佐をもって任にあてるのが慣例ですが……」  副司令官のチェスター大佐が皆にかわって質問した。 「慣例では、そうかもしれない。しかしそれをいうなら、私が少佐として最初に与え られた部隊とて、独立遊撃部隊という慣例からはずれた状態から出発している」 「それはそうですが……」 「ゴードン、君はこの席に着きたいと思うかね」  と尋ねられて、言葉に出さず否定するように肩をすくめるゴードン。 「適材適所という言葉にあてはめるならば、ゴードンも首席中佐のカインズもそれぞ れウィンディーネ・ドリアードを駆って暴れまわるのが信条で、作戦を練り上げ企画 する艦隊参謀長にはふさわしくない。その点、パトリシアは士官学校時代から私の参 謀として参画していた。私が少佐となる原動力となったミッドウェイ宙域会戦での作 戦、今ではランドール戦法と別名もついているが、あれはパトリシアとの共同で戦術 理論レポートをシミュレーションしている時に、同盟と連邦の想定戦で考え出したも のだったのだ。実戦では私が実行して名を挙げはしたが、その功績の半分はパトリシ アにあるといってもいいわけだ」 「そこまでおっしゃるなら、私は反対はしません。慣例にとらわれて適切でない参謀 をおいたところで艦隊のためにはならないでしょう。実際、資格があるもので参謀長 にふさわしいと断言できる人物がいないのも確かですし」  統帥本部から与えられる階級と、アレックスが将兵に与える地位が同列でないこと は、誰でも知っている。例えば旗艦艦隊指揮官は、副司令官に次ぐ者が選ばれるもの だが、ゴードンやカインズではなく、ディープス・ロイドである。防御に徹すれば負 けることはないと評される沈着堅実な彼だからこそ旗艦艦隊にふさわしいと考えた末 であり、激烈なる戦闘の最中にあっても、旗艦艦隊を彼に委ね自身は安心して、全艦 隊の指揮運用に専念できるということである。アレックスが重視するのは階級ではな く、個人の能力なのである。個人の隠された能力を見出しては、作戦において適所に 投入するから、当然の如く見事な戦果を上げて相当の地位に駆け登って来る。  パトリシアの艦隊参謀長就任は誰一人反対意見を述べないまま円満に決定した。と いうよりも、アレックスがすでに決めていることに対しては、誰にも逆らえないとい ったほうがいいだろう。彼が選んだ艦隊参謀長ならば間違いがあるはずない、という のがアレックスに対して絶大なる信頼を抱いている部下達の評価であった。  こうして前代未聞ともいうべき、女性佐官であり少佐という階級でしかない艦隊参 謀長が誕生したのである。 「ジェシカ」 「はい」 「僕は、参謀長として君も候補に挙げていた。パトリシアに航空戦術をはじめとする 戦術理論を教えこんだのは、他でもない君だからだ」 「確かに基礎から教えたのは私ですが、応用から実戦にいたるまで、今でははるかに パトリシアの方が私の能力を越えています。提督がそれを見抜き参謀長に彼女を推挙 したのは正しい判断です。私は先輩として彼女を教えこみ、その期待に応えてきた彼 女を誇りとしていますし、それで十分です」 「そうか……君達は強い絆で結ばれているんだな」 「はい。ランドール提督とガードナー提督との関係とまったく同じですよ」 「そうだったな。ありがとう」 「どういたしまして」  そして、やおらランドールに耳打ちするようにして、 「それにパトリシアならベッドの上でも作戦会議ができますものね」  といってくすりと微笑んだ。  二人の関係を良く知っているジェシカのジョークだったとはいえ、実際にパトリシ アと寝物語で交わした会話の中から生まれた作戦もあったのである。その中には現在 進行形で秘密理に進められている遠大な計画も……。
     
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