第四章 情報参謀レイチェル

                  I  部隊に戻ったアレックスは独立遊撃部隊の再編成に大車輪で取り掛からねばならな かった。なにせ独立部隊のためすべてを自分自身で行わなければならなかったのであ る。 「ああ、副官が欲しいな……」  アレックスは少佐であるから、本来なら副官がついても良いのだが、あまり急なた め適当な人物がいなかったのである。作戦を立てるのはお手のものであったが、それ を正式な書類などにしたためることは苦手であった。言ってみればキーボードやプリ ンターなどの周辺機器の接続されていない高性能パソコンみたいなものである。  再編成にあたり、必要な艦船リストや装備・備品の申請など、ことあるごとに書類 が必要になってくるのに、その方面の手際が鈍臭いアレックス。時間ばかりかかって 少しも再編成は進まなかった。こんな時パトリシアがいればと思うのだが、彼女はま だ士官学校の学生である。  少佐になったことで勤務時間が終了すれば、いつでもパトリシアの待つ官舎に戻る ことができるようになったとはいえ、軍規には学生を徴用してはならないと定められ ている。ゆえにパトリシアが代筆して手続き書類などの作成をすることは許されてい ない。 「ごめんなさい。お役に立てなくて……」  夫のために何かしてあげたいと思うパトリシアにしても、卒業して任官されるまで は手の出しようがない。  忙しく働き回るアレックスが、図書館で調べものをあさっている時のことであった。  そこへ褐色の瞳に黒い艶のある長い髪の身長百六十五センチほどの小柄な女性が、 親しげに話しかけてきた。 「こんにちは、アレックス」  自分の名を呼ぶところを見ると、どこかで会っているのであろうが、まるで記憶が なかった。いくら自分が物忘れの天才であろうとも、これだけの美人なら忘れるはず がないのだが。 「おわかりになりません? あたしです、レイチェルです」 「レイチェル?」 「わかりませんでしょうか。ほら、あなたの幼馴染みの」 「え……、まさか……あの泣き虫の」 「そう、その泣き虫のレイチェルです」 「しかし、彼は……男の子だぞ」 「そうでしたわね」 「そうでしたって、まさか」 「性転換手術を受けましたの」 「性転換した?」  驚きのあまりアレックスは二の句を継げることが出来なかった。  静かな図書館では会話がまわりに筒抜けになるのを心配して、二人は場所を変える ことにした。  図書館を出てすぐ近くにある喫茶店に入って話しの続きをすることにした。 「その胸はシリコンが入っているのかい」  アレックスはレイチェルの豊かな胸の膨らみをまじまじと見つめながら尋ねた。相 手が本物の女性なら失礼にあたるだろうが、かつて一緒に遊んだことのあるもとは男 だった幼馴染みである。それにわざと見せ付けているふしも見られた。 「いいえ。この胸は本物よ」  レイチェルは、アレックスにも判るように簡単な説明をしてあげた。  性転換手術にも何種類かの方法がある。  完全性転換術として、性転換を臨む男女両性が、性転換移植バンクに登録して、免 疫的な血液型の合った者同士が、それぞれの生殖臓器を交換移植しあう方法がある。 卵巣・子宮・膣等の女性生殖臓器と、精巣・前立腺・陰茎等の男性生殖臓器をそっく り交換するために、生殖的な性別の完全転換が行える。反面子孫を残す自分自身の遺 伝子をも相手と交換するために、本来自分自身でない子孫を産み出すことになる。  この手術法による性転換を受けるには、最低三年間のカウンセリングを受けつつ、 性ホルモン投与などによる段階的な外観的異性化といった予備治療を経た後、本人の 意志が確固として変わらないことを認めた場合。なおかつ遺伝子的に違って生まれる 子供を、自分の子として認知することを誓約する念書、及び国籍上の性別変更許可申 請書に署名し、裁判所がこれを受理した場合。  他人の精子や卵子をもらって体外受精を施し生まれた子を、自分の子として養育し てきた過去の例を見ても、この点に関しては問題を生じたケースはほとんどなかった。 当人達にとっては、自分自身の遺伝子情報よりも、妊娠し子を宿せる真の女性の姿に、 また女性を妊娠させる能力のある真の男性になることのほうが重大なのである。  ただこの術法の問題点として、性転換を希望する男女の比率が同等である必要があ ることだが、女性から男性へよりも男性から女性へと希望する数の方が圧倒的に多い という現実があった。当然、男性化を希望する場合はほぼ百パーセントで適えられる が、女性化を希望するものはなかなか適えられない者もいるわけである。  そんな人達のために、女性ホルモンが関与する癌の進行抑制のために摘出された卵 巣、脳死状態に陥った患者からの子宮や膣などの臓器移植などが行われている。さら には形成外科的に造成する手術もある。  これらは臓器の供与者となる患者本人の同意や念書などが得られていないので非合 法扱いであり、性転換者に国籍上の性別を変更する許可は与えられない。それでも性 転換を望む者が後を立たないために、闇の臓器ブローカーが暗躍する土壌を産み出し ている。