第三章 模擬戦闘
II  宇宙港の外郭に併設された流通センター内、荷物を積んだフォークリフトや搬送 トラックが頻繁に動きまわっている。ここは宇宙港から発着する連絡艇に荷物を積 載するための施設である。  その一角に積まれた荷物のそばで、ジェシカとゴードンが、センター所員と荷物 のチェックをしている。 「迫撃砲八門、催涙弾十二ダース、煙幕弾四十ダース、麻酔銃三十六丁、防毒マス ク七十二面、……」  ジェシカが書類を読み上げながら、ゴードンが数量の確認をしている。検品の終 わった品々を所員がダンボール箱に詰めなおして、フォークリフトに積載している。 「大丈夫だ。数に間違いはない」  ゴードンが最後の一箱をぽんと叩き所員に手渡した。 「それでは、受け取りのサインを」  所員はそれをフォークリフトに載せながら催促した。  ジェシカは書類の受領書にサインをして渡し、納品書を自分のバックにしまった。 「結構です」  サインを確認してから、 「しかし、こんなもん何に使うつもりです。確か士官学校の模擬戦で使うはずです よねえ……」  頭をひねりつつ納入された品々を見つめる所員。 「作戦上の秘密だよ。死にたくなかったら、聞かないことだ」  ゴードンがいつのまにか迫撃砲を持ち出して、砲口を所員に向けている。 「冗談はよしてくださいよ。それ、本物なんですから」  所員は真っ青になって後ずさりをしている。 「ばーか、弾は入ってねえよ」  と箱の中にぽいと迫撃砲を投げ入れるようにしまうゴードン。 「そ、それでは、コンテナに収納しますよ」 「お願いします」  所員はフォークリフトを始動して、そばに停車している搬送トラック上のコンテ ナに物資を積み込んだ。 「コンテナ番号、S一八九三二GA。目的地、サバンドール星域のクアジャリン星 区同盟軍演習場第十二番基地行き」  ジェシカは、別の書類に物資の行き先を記入して、搬送トラックの運転手に手渡 した。それを受け取りサインをして返すと運転手はトラックを発車させた。  流通センターから宇宙港に向かうトラックを見送る二人。 「基地へ運ぶ物資は、これで全部だよな」 「ええ、そうよ」 「それにしても、我等の指揮官殿はとてつもないことを考えるな」 「でも、ちゃんと筋は通っているわよ。対戦相手のジャストール校のミリオンの性 格をしっかり計算にいれてね」 「そういえば、ジャストール校から指揮官の名前が発表されたのが一週間前。アレ ックスはその半年もまえからミリオンが選ばれると踏んで準備を進めていた。一体 どうしてなんだ」 「そこが、アレックスの素晴らしいところなのよ。先見の明がそなわっているのね」 「それで、今回の作戦。本当に成功すると思うか?」 「信じるしかないでしょう。わたし達が信じられないで、部下に信じさせることは できないわよ。あなたは、副隊長として突撃強襲艦を率いて先陣を切るのよ」 「それはそうだが……先陣は武人の栄誉だという……しかし、その実情は影武者み たいなものだ。本隊を援護する中でも一番大切な部門を担当するレイティは一足早 く基地に入って管制システムをいじりまわしている。コンピューターの設定に時間 がかかるからな。俺も、あの荷物のお守りで一緒だ」 「わたし達も、おっつけ後を追うわ」  第一作戦会議室。  アレックスが、艦長・参謀達を集めて最後の打ち合わせを行っていた。 「それでは、作戦シミュレーションを、最初から再生してもう一度検討してみよう。 パトリシア、操作をたのむ」 「はい。では、再生します」  正面のパネルスクリーンに、コンピューター映像が投射され、クアジャリン演習 場第十二番基地を出発して、ジャストール校舎の作戦基地である第八番基地へ向か う艦隊が3D映像で再生される。 「サブスクリーンにルートマップを投影してくれ」 「はい」  パネルスクリーンの片隅に一回り小さな画面が現れた。十二番基地から八番基地 周辺の星図に一筋の航路が引かれている。 「当初、我々はこのような迂回コースを通って、敵基地後方のA地点まで全速力で 向かう」 「敵艦隊の推定進撃コースの索敵捕捉圏内の少し外側のルートを設定してあります」  スザンナ・ベンソンが軽く手を挙げて質問した。 「その推定進撃コースの信憑性は確かなのでしょうか」 「敵の指揮官ミリオンは、正攻法で押しまくるタイプということだ。これまでに調 べ上げた彼の性格面から作戦指揮能力などに至るまで、あらゆる方面からデータを 分析した結果から、今回のルートを設定した」 「ミリオンのすべてを洗いざらいしたわけか。そういえば最初の作戦会議のころか ら、ミリオンの性格面からの調査を開始していたな」 「あたしも、最初は何のためにそこまで調べるのか疑問だったけど。こういうわけ だったのね」  ゴードンとジェシカが改めて納得したように頷いた。 「とにかく、目標地点まで一秒でも早く到達するため、すべての艤装兵器の動力を カットして、エンジンに全エネルギーを回す。もちろん敵に気付かれないよう隠密 にな」 「もし、気付かれたら、どうなさいますか」 「その時は、我が艦隊は全滅。今年もジャストール校に勝利の栄冠を与えることになるな」  アレックスが淡々とした口調で答えると、一同の間に重苦しい雰囲気が流れた。 「作戦行動中は一切の通信封鎖。A地点に到達するまでは事前に艦制システムコン ピューターにインストールするプログラムに任せて行動する」 「プログラムは、レイティの推薦で、技術部開発設計課のフリード・ケイスンさん にお願いしました」 「フリード? レイティの先輩だな。君には、出来ないのか、レイティ」 「いいえ。僕でも、出来ないことはないですけど、時間がかかります。僕の担当は データ処理などの静的プログラムがメインですから。エンジンやミサイル制御など のベクトル的なプログラムが必要な艦制システムは、エンジン設計と艦制システム に携わるフリード先輩が適任です」 「十四歳でロケット工学博士号を授かったのを皮切りとして、宇宙航空力学、光電 子半導体設計エンジニア、超電導素子プロセス工学等々、八つの博士号を持つ天才 工学者にして天才プログラマー。彼一人いるだけで戦艦が開発設計できちゃうとい うとんでもない方ですわね」 「そんなとんでもない奴が、レイティの先輩で、なおかつアレックスの幼馴染みの 親友とは信じられないな」 「でもフリード先輩は、すでに任官されて開発設計課に勤務しているのですよね。 士官学校の試験に介入することは出来ないのでは?」 「いや。彼は、士官学校をまだ卒業していないんだ。現在、九つ目の博士号を目指 して勉強中の学生というわけだ。開発設計課にいるのは、その優秀さを買われて臨 時特別徴用されたんだ。いわゆるアルバイトしているというのが正しいかな」  やがて、艦隊の前方に薄紅に輝く星雲状の天体が現れた。 「ちょっと、静止してくれ」 「はい」  アレックスは席を離れて、スクリーンの前に立った。 「これが、本作戦中において最初の難関となる、ベネット散光星雲だ。この散光星 雲に入り乱れるように、所々暗黒星雲が真っ黒に見えていると思う。我々はこの暗 黒星雲の中にあるベネット十六という原始太陽星雲を横切っていく作戦だ」  アレックスの後をついで、パトリシアが捕捉説明を加えた。 「ベネット十六は、今まさに誕生しようとしている恒星系の一つで、直径約七十七 天文単位、最中心部の圧力は百八十気圧、温度三千七百度Kとなっております。全 体的にゆっくりと回転しながら周辺の星間ガスが中心部に向かって重力収縮を起こ し、密度を増してきております。早ければ二千万年後には最初の核融合が始まるで しょう」 「ここを我が艦隊は突破するというわけですね」 「その通りです。このベネット十六のように、相対的に回転しながら進化をとげる 星雲では、中心となる原始太陽星雲と、その回りに発生する渦動星雲という相関が 発生します。これは流体力学的に導かれることなのですが、この渦動星雲が後に伴 星或は惑星となるらしいことは、周知のことだと思います。さて、本作戦において 艦隊が通過するコースは、この原始太陽星雲と渦動星雲の間隙を縫っていきます。 丁度渦の流れに乗るような進路をとることになります」 「しかし、これまでにも何度か説明を受けたとはいえ、本当に無事ここを通過でき るか、心配でしようがないですよ」 「確かに最深部では、三千度以上の高熱で鉄をも溶かす高温になってはいるが、 我々が通過するのは中心より約十天文単位離れた区域で、渦の流れもゆるやかとな っていて、安全性は極めて高い」 「これまでにも、何回かここを無事通過した艦船もあります。もっとも艦隊を組ん での例はありませんが」 「原始太陽特有のジェットストリームが両極から吹き出している。これが敵基地の 索敵レーダーの探知能力を無力にする。また星雲自体が発生する電磁界ノイズも強 力だ。つまり、これらの天然の妨害障壁を利用して、敵基地に背後から接近を試み るというわけだ」
     
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