第一章 索敵
W  連邦軍第一空母機動艦隊旗艦アカギの艦橋は、突然の敵編隊の出現で騒然となっ ていた。 「な、なんだ。どうした」  チュウイチ・ナグモ司令長官は、いまだ事態を飲み込めていなかった。 「攻撃です。敵から攻撃を受けております」  アカギの艦隊参謀長リュウノスケ・クサカ少将が状況を説明した。 「攻撃を受けているだと!?」  なおも信じられないという表情でクサカを叱責した。 「護衛艦は何していたんだ」 「そ、それが。突然現れまして」 「応戦しろ!」 「はっ」 「迎撃の艦載機はいないのか」 「そ、それが全機敵艦隊攻撃で発進中です」  その瞬間、艦橋の目の前に爆撃機が現れた。 「伏せろ!」  全員が床に伏せると同時に爆風が吹き荒れた。  轟音と震動が艦内を揺るがし、艦橋は無残にも破壊された。隔壁が損傷し、風穴 があいて、すさまじい勢いで空気が流出する。その勢いに流されて数人の兵士が風 穴から真空の宇宙へと吸い込まれて消えていった。 「ぼ、防御シャッター、降下!」  薄れていく艦内空気と暴風に、喉を詰まらせながら機器を操作して、緊急装置を 作動させるオペレーター。  一瞬にして緊急防御シャッターが降りて、空気の流出も止まり、徐々に平静を取 り戻しつつある艦内。 「大丈夫ですか。長官」  息、咳き込みながら、参謀の一人が長官の側によって安否をきずかった。 「あ、ああ……何とか無事なようだ。他の者はどうか」 「数名の者が、投げ出されたもようですが、艦橋は無事に機能しているようです」 「そうか……」  長官を助け起こすアカギ艦長のタイジロウ・アオキ大佐。 「アカギの損傷状況をすぐさま調べよ」 「かしこまりました」  アオキ大佐は、自分の部下にたいして命令を下した。 「やられましたね。長官」 「そうだな。まさか、たかだが十数隻だけで、敵中の懐の内に飛び込んで来るなど とは、誰も思いつきもしないだろう」 「しかし、実に効果的です。迎撃しようにも、戦闘機は出払っているし、こんな至 近距離での艦砲射撃は、同士討ちとなるのが関の山、敵の思う壺にはまります」  やがて下士官から、アカギの損害状況が報告されてきた。 「艦載機発進デッキ及び格納庫に爆弾が命中、回りは火の海となりもはや使用不能 となりました。誘爆により機関部も延焼中です。もはやアカギは退艦やむなしの状 況であります」 「退艦だと」  クサカ少将は艦長の意見に同意して長官に進言した。 「長官、ご決断を。ヒリュウはまだ健在であります。我々はヒリュウある限り戦い つづけねばなりません」  クサカ少将が指差すパネルスクリーンには、艦載機に取り巻かれながらも奮戦す る空母ヒリュウの姿があった。  アカギの艦長、タイジロウ・アオキ大佐も同意見であり、口をそえるように進言 する。 「長官。どうか将旗を移して指揮をおとりください。アカギはこのアオキが責任を 持って善処いたします」  参謀達の進言にわなわなと拳を震わせながらも、ナグモは承諾するしかなかった。 「わかった……退艦しよう」 「ナガラに命じて、駆逐艦ノワケをご用意いたしました」  だが、幕僚達が最後の望みとしたヒリュウも、アレックス達の猛火を浴びていた。  その艦橋から、艦体が爆煙を上げながら炎上している様が、スクリーンを通して 手に取るように観察されていた。  第二航宙艦隊司令官、タモン・ヤマグチ少将はこの時すでに決断を下していた。 「残念ながら、ヒリュウの命運もこれまでと思います。総員退去はやむをえませ ん」  ヒリュウ艦長トメオ・カク大佐が承諾を求めた時、少しも騒がずに長官の安否を 尋ねた。 「長官はどうなされた」 「はい。無事軽巡ナガラに」 「よし」  そしてマイクをとって、全艦に訣別の訓示を垂れたのである。 「諸君、ありがとう。ヒリュウは見てわかるとおり母港に帰還するだけの力はすで にない。艦長と自分は、ヒリュウとともに沈んで責任をとる。戦争はこれからだ。 皆は生き残ってより強い艦隊を作ってもらいたい」  その言葉を受けて、ヒリュウでは総員退艦の準備がはじまった。負傷兵、搭乗兵、 艦内勤務者の順で次々と退艦をはじめていく。  第二航宙艦隊の首席参謀であったセイロク・イトウ中佐がヤマグチ少将に近寄っ た。 「司令官」  その声に振り向くヤマグチ。 「おお、イトウ君か。君もはやく退艦したまえ」 「何か頂けるものはありませんか」 「そうか……では、これでも家族に届けてもらおうか」  ヤマグチはかぶっていた黒い戦闘帽子をイトウ中佐に手渡した。 「誓って、必ずご家族にお渡しいたします」 「うむ。よろしく、たのむ。ところでそれをくれないか」  ヤマグチはイトウ中佐が腰に下げていた手拭いを指差した。  イトウはヤマグチの意図を察知して、手拭いを渡したあと最敬礼をして踵を返し て退艦するため元来た通路へ引き返した。  爆音は続いている。  ヤマグチは手拭いを使って艦のでっぱりに身体を縛り付けはじめた。  やがて友軍の手によってヒリュウは処分されるだろうが、爆発によって艦の外に 弾き飛ばされることを懸念したのである。ヤマト民族の誇りとして、ヒリュウとと もにありたいと思うヤマグチの軍人としての心意気の在り方であった。  第十戦隊の旗艦である軽巡ナガラには、司令官ススム・キムラ少将が乗艦してい た。 将旗をこのナガラに移したナグモは、彼を捕まえて尋ねた。 「キムラ。このナガラでアカギを引っ張れんか」 「現在のアカギの状況からみて、残念ながら曳航できないと判断せざるをえませ ん」 「そうか……」
     
↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v
小説・詩ランキング
11