銀河戦記/鳴動編 外伝

エピソード集 人生の転機  銀河帝国領アルビエール候国のとある地域。  帝国統合軍第二皇女艦隊旗艦、攻撃型航空母艦「アークロイヤル」  周囲をぐるりと艦船が取り囲み、物々しい雰囲気となっていた。  その艦橋のオペレーター達は緊張していた。  これから始まるのは、艦隊のすべて八十万隻が参加する軍事演習であった。  演習の前に観艦式が執り行われており、アークロイヤルの目前を規律正しく部隊ごとに 突き進んでいる。  見届けるのはマーガレット第二皇女。  皇女の側で部隊の紹介をしているのは、艦隊司令のアーネスト・グレイブス提督。各部 隊の旗艦名や司令官名などの詳細を説明している。  アークロイヤルの前を通り過ぎた部隊は、二手に分かれてそれぞれに定められた配置に つく。そして合図と共に戦いをはじめるのである。もちろん実弾ではなく模擬弾が装填さ れていることは言うまでもない。  全艦隊が参加する大演習を企画して、マーガレット皇女にご注進したのはグレイブス提 督である。それに快く応えて、本日の大演習が執り行われることになった。  マーガレット第二皇女、十二歳。  幼いながらも、芯の通ったしっかり者に育っていた。  アルビエール候国は、軍事国家バーナード星系連邦と国境を接していた。共和国同盟と 連邦の間に横たわる銀河渦状腕間隙のような航行不能領域というものはない。それに代わ る中立地帯が国際条例によって設定されているだけである。油断していれば、中立地帯を 越えて侵略されてしまう可能性がある。  常日頃から軍事演習を行って、いざという時のために備えておかなければならなかった のである。そうして、銀河帝国統合軍宇宙艦隊五百万隻の中にあって、マーガレット第二 皇女艦隊は最強の精鋭艦隊に育っていた。  叔父のハロルド侯爵も心服して、自治領艦隊百六十万隻の叱咤激励を忘れなかった。  やがて艦隊の配置が終わり、戦闘開始の時刻となる。 「お時間です」  グレイブス提督が囁くように進言した。  マーガレット皇女は立ち上がって、右手を高く差し上げると、 「はじめ!」  静かにその手を振り下ろした。  総勢八十万隻が一斉に動き出す。  史上最大の軍事演習である。  バーナード星系連邦軍第七十二特務艦隊。  銀河帝国との国境にある中立地帯を作戦行動地域とする。  特務艦隊の任務は、帝国へ侵入して各惑星から物資を強奪することである。  時として帝国を経由して、トリスタニア共和国へも出張していた。  いわゆる帝国が海賊艦隊と呼んでいるその正体である。  海賊艦隊には、停泊地となる基地は持ち合わせていないので、強奪した物資はすぐさま 待機していた大型輸送艦隊に積み替えられて、連邦へと次々と運ばれていった。  資源に乏しいバーナード星系連邦にとっては生命線ともいうべきものだった。  折りしも帝国内へ襲撃に出かけていた一部隊が、物資を満載して戻ってきたようだ。  略奪から戻ってきた部隊指揮官が、旗艦で待つ司令官の元へ報告にやってきた。 「ただいま帰還いたしました」 「早かったな。それにしても大した荷物じゃないか」 「帝国から共和国同盟へ物資を運ぶ輸送船団に、丁度出くわしましてね」 「護衛艦隊がついていただろう?」 「たいしたことありませんでしたよ。軽く一捻りしてやりました」 「そうか……。ともかくご苦労だった。報告書を提出して休みたまえ」 「はっ! 休ませていただきます」  踵を返して戻ってゆく部隊指揮官。  その後姿を見送ってから、手元にある報告書に目を通し始めた。  エメラルド・アイの瞳が涼しい。  スティール・メイスン少佐が、海賊艦隊へと配属されて半年も経っていない。  彼は配下の将校達に輸送船団を襲わせては物資を強奪していた。  輸送船団の動きといった情報は、親友であるジュビロ・カービンによってもたらされて いた。  ジュビロの支援があって、スティールは少佐にまで昇進していたのだ。  ジュビロ・カービン。  ネットワーク犯罪の頂点として、『闇の帝王』と呼ばれるようになっていた。  闇とは彼の活躍する場が、薄暗い地下室であり、銀行オンライン、政治機関ネット、そ して軍事ネット、どんなに厳重なるセキュリティーを施していても簡単に侵入してしまう。  しかも居場所を決して悟られるような失態も起こさない。ネットとネットを介在してあ らゆる場所からアクセスしてくるからだ。  闇夜に身を潜めながら、獲物を求めて動き回る肉食動物のように、そして狙った獲物は 決して逃がさない。 『闇の帝王』とは、そんなつかみ所のない虚空の世界を支配しているというところからき ているのかもしれない。  彼とて生きるために食べていかなければならないから、企業と密かに契約を取り交わし て、ライバル会社の機密情報を盗み出す仕事についている。 『企業コンサルタント』という会社名がそれだが、仕事の実状はネット犯罪。  彼の元に集まった仲間達を社員として、ジュビロが取り仕切っていた。莫大なる資金が 手元で踊りまわる。  ネットワーク犯罪のプロフェッショナル集団。  だが、そんな彼らでもどうしても侵入できない所が、一つだけあった。  トリスタニア共和国連邦所属の特務機関『ケースン研究所』がそれだった。  六歳にしてロケット工学博士となり、その後も次々と博士号を取りつづけている若き天 才を、所長に擁して建設された。そこでは最新鋭戦闘艦の設計やシステムプログラムの開 発を行っているという。  ……という噂である。  何せ研究所のネットワークに侵入できないのだから確認のしようがない。  苦労を重ねてやっと侵入したかと思ったら、実は別のネットだったりするのである。  素っ裸の女性が誘惑してくるアダルトサイトだったこともあった。  のらりくらりと交わされてしまうのだ。かと思うと、強力なカウンタープログラムによ って、端末が完璧に破壊されたこともあった。 「ネットワークが生きている」  誰かが呟いた。  生命体には、侵入してくる細菌やウィルスを退治し排除する免疫脳が備わっている。  好中球(白血球)、マクロファージ、リンパ球、T細胞、B細胞などが常に監視してい て、侵入者を発見次第駆除にかかる。  まるでネットワークに免疫機能が備わっているような錯覚を覚えさせずにはいられない。  ケースン研究所という名称から、人の名前から取ったものかも知れないと、軍部の人事 課にアクセスして、片っ端から調べ回った者がいたが、天才と呼ぶに相応しい人物の特定 には至らなかった。  研究所もその責任者も、すべてが厚いベールに覆われていた。  ケースン研究所のネットワークに、誰が最初に一番乗りできるか?  ネット犯罪者は競い合っていた。  ジュビロもケースン研究所には手も足も出ないでいた。  このままでは『ネット界の闇の帝王』という名称も返上せねばなるまい。  もっとも囃し立てているのは、周りの者だけで、当の本人は何も感じていないことが多 いものだ。  今日も今日とて何度か研究所にアクセスしてみたが、何の成果もなかった。 「やはり、だめか……。一体何者なんだろうか」  研究所所長のことに思いを馳せてみたが、一向に思い浮かばない。 「やっぱり、ここにいたわね」  扉を開けて入ってきたのは、レイチェル・ウィングだった。 「レイチェルか」 「どうせ何も食べていないだろうと、差し入れを持ってきてあげたわ」 「いつも悪いな」  端末の側に置かれた差し入れを頬張りはじめるジュビロ。 「今日はどこにアクセスしているのかしら?」 「いつもの所さ」 「で、体よく追い返されたってところね」 「その通りさ」 「ふうん……」  と、端末の画面をしばし眺めていたレイチェル。 「ジュビロ、一つお願いがあるんだけど」 「お願い?」  何事かと首を傾げるジュビロ。 「わたしの人生を左右する大切な話よ」  と、切り出したのは、突拍子もない事だった。 『性転換手術したいから、腕の良い医師を紹介して欲しい』  性同一性障害。  身体は男性なのに、精神は女性という障害である。  レイチェルが、これに相当しているが、自分の心に正直に女性らしく振舞っていた。女 性の衣装を着て化粧を施し、外を出歩いているのもそのためだった。  女性ホルモンを飲んで、外見上は女性らしい体躯にはなっているが、男性の部分を残し たままでは、いつかは破綻をきたす。  レイチェルが軍に入る前に、ジュビロは国籍や軍籍コンピューターに侵入して、その性 別を書き換えてやったのだが……。  常日頃から思い悩んでいたレイチェルのこの「お願い」をジュビロは快く引き受けて、 心身共に完全な女性になる手助けをしたのである。  その手術費用をコツコツと蓄えていたのに感心したジュビロだった。  手術を終えたレイチェルを見舞うジュビロ。 「これでやっと、何も気兼ねなく暮らせるようになるな」 「ええ、感謝しているわ」 「気にするな。おまえと俺の仲じゃないか。おまえから受けた恩も返しきっていないから な」 「それは言わない約束よ」 「そうだったな」
   
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