陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊
其の拾 七星剣 「物事には必ず表と裏、光(陽)と影(陰)があるように、実は二振りの七星剣があっ たのです。表の七星剣は東京、そして裏の七星剣は四天王寺の地下宝物庫に人知れず封 印されていたのです」 「封印されていた?」 「はい」 「実は、裏の七星剣には蘇我入鹿の怨念が封じ込まれていたのです」 「蘇我入鹿?ですか……蘇我入鹿首塚の怨霊伝説なら聞いたことがありますが」 「蘇我入鹿を斬首した剣が、この裏の七星剣だという説話が残っています」  蘇我氏の怨霊ということなら、この四天王寺に伝承されていても不思議ではないだろ う。  崩御した推古天皇の後継者争いで、四天王寺を建立した聖徳太子の子、山背大兄王を 暗殺したのが蘇我入鹿である。  欽明天皇の頃、崇仏派の蘇我氏一族と、排仏派の物部氏・中臣鎌足連合が争った。  用明天皇崩御の後、継承争いとなり、穴穂部皇子を皇位につけようとした物部守屋に 対し、炊屋姫(後の推古天皇)の詔を得て、穴穂部皇子を誅殺し、さらに物部守屋の館 に討ち入ってその首を捕った。  以降物部氏は没落することになる。 「蘇我入鹿首塚はご存知でしょう」 「はい。板蓋宮大極殿で中臣鎌足によって斬首された入鹿の首が620mほど南のかの地ま で飛び、住民が手厚く葬ったという伝説によるものですね」 「その通り。葬られたものの入鹿の怨念は凄まじく、夜ごと奈良に現れ民を苦しめたと いう。そこで陰陽師が招聘されて、入鹿の怨念を一つの剣に封じ込めたという。その剣 が、この裏の七星剣のもう一つの説話なのです。どちらにしても入鹿の怨念が籠ってい たのは確かなようです」 「七星剣に入鹿の怨念が封じ込まれていたとしたら、その怨念を解き放って悪しき呪法 とすることができるでしょう」 「何か心当たりがあるのですか?」 「まだ何とも言えませんが、呪法が使われたと思われる事件がありました」 「それは困りましたね。何かお手伝いできることがあればおっしゃってください。出来 るものなら何でもご協力します」 「ありがとうございます」  宝物庫から出てくる一行。  住職は再び呪法を掛け直して扉を密封している。  その作業を見ながら春代が尋ねる。 「これからどうする?」 「明日、明日香村に行ってみようと思います。何か手掛かりが見つかるかも知れません から」 「そうか、そうすると良い」 「七星剣を盗んだ犯人は、妖魔か陰陽師の疑いが強いですね。例の石上直弘一人では、 この所業は不可能でしょう。 「つまり石上の背後で操っている物がいると?」 「はい」  奈良行きを井上課長に伝えると、 「待て!私も着いて行こう。君一人を行かせる訳にはいかない」  と、同行を求めた。
     
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