陰陽退魔士・逢坂蘭子/夢幻の心臓(1)

 第二章 夢幻の心臓

 とある街角。
 どこからともなく線香の匂いが漂っている。
 喪服を着込んだ人々がひっきりなしに行きかっている。
 その列をたどって行くと、葬儀用の飾花の立てかけられた家に着く。
 玄関前には葬儀社の職員とおぼしき人達が、来客を手際よく案内している姿があった。
 家から出てきた来賓が職員に怪訝そうに尋ねている。
「ねえ、どうして棺に入れてあげないのですか?」
 と、困ったような表情を浮かべて、果たして答えていいものだろうかと悩んだ挙句に、重々しく質問に答える職員。
「いえねえ……。奥様がどうしても承知なさらないのですよ。旦那様と相談して、席を離れた隙に無理矢理棺に納めたのですが、それを見た奥様は髪振り乱して鬼のような形相になって、ご遺体を棺から引きずり出してしまわれたのです。『この娘は死んではいません。心臓さえ見つかれば生き返るんです。心臓さえ……』ってね」
「そういえば、お嬢さん。心臓が悪くて臓器移植しか方法がなくて、ドナーが現れるのをずっと待っていたらしいですわね」
「ええ……。結局、間に合いませんでした」
「可哀想なことしたわね。まだ中学生になったばかりだというのに……」
「はい、運命の女神は時としてひどい仕打ちをするものです」
「それはそうとねえ……」
「なんでしょうか?」
「あのまま遺体を放置しておいたら、腐ってしまうのでは?」
「ご家族が折りに触れて説得なされているようですが、どうしても首を縦に振らないそうです」
「困りましたねえ。まあ、母親としてはそういう気持ちも判らないではありませんが」
「とりあえずは、冷却剤の入ったベッドパッドの上に、ご遺体を安置して身体を冷やして、少しでも腐るのを遅らせようとしてはいるのですが……。それも限界がありまして」
「なるほど……」
 ひとしきりの会話を終え、深々とお辞儀をして分かれる二人。
「本当に困ったものだ……」