陰陽退魔士・逢坂蘭子/第四章 夢見のミサンガ
其の伍
数週間が過ぎ去った。
演劇を通して知り合った少年と急速に仲を深める京子。時刻を合わせて同じ電車に乗り
合わせるようにして一緒に通学するようになっていた。休日には劇場や映画を一緒に観覧
したり、公園を散策したりしている。
しかし、他人の口に戸は立てられない。
二人が一緒にデートしているのを見たという噂話が、阿倍野女子高校及び住吉高校の生
徒達の間に広がるのも早かった。
情報屋の芝桜静香が、登校してきた京子に駆け寄ってくる。
「聞いたわよ、見たわよ。住高の大条寺明人君と交際してるんだって?」
興奮を身体中にたぎらせて抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと」
とまどい気味の京子に、おかまいなくマシンガンのような質問攻めを聞いてくる。
「なりそめは何?」
「いつから付き合っているの?」
「毎日一緒に通学しているの?」
隠してもしようがないと観念した京子は、クラスメイトの前でなりそめや近況報告をし
たのである。
「うらやましいわ。大条寺君といえば、住高演劇部の花形的存在で、ハムレットをやらせ
るならこの人との名声も高い。何でも父親が宝塚の劇場監督、母親がパリオペラ座の名優。
両親から演劇の素質を受け継いだ期待の星との呼び声もあるわ。
「へえ、そうなんだ」
一同目を見張り、耳の穴をかっぽじいて聞き入っている。
「でもいいのかな……」
蘭子がぼそりと呟いた。
それだけの有名人となれば、いわゆる『取り巻き』と呼ばれる連中が付きまとっている
のが通常である。嫉妬や羨望という危険ともいえる状態にさらされることになる。『明人
の恋人』と自称する人物もいるかもしれない。そういった連中の耳に噂話が流れたら、逆
上して何をするか判らない。
よけいなお節介かも知れないが、一応京子に注意を喚起した。
「お付き合いもいいけど、控えめにしておいた方がいいわよ」
「それは考えすぎじゃない?」
「そうそう、考えすぎだよ」
「しかし……」
皆は一様に考えすぎだと言う。
蘭子は腑に落ちない点があるのに気が付いていた。
京子があの露店商に会ってあのミサンガを手に入れてから、運が回りはじめていること。
「あの露店商……」
確かに妖気を身にまとっていた。
霊感波長が似通っているとも言った。
京子が幸せになる度に、誰かがその犠牲になっているのではないかと、思うようになっ
ていた。
交通事故を起こした運転手。あのスピードで九十度に近い急カーブなど科学的に不可能
だと、事故調査に当たった警察官も言っていた。
体育の鉄棒のテストで、できないと言っていた京子が合格し、体育好きの智子が不合格
になった。その後、智子は逆上がりを簡単に披露してくれた。
そして大条寺明人の件では、嫉妬にかられる女子生徒が大勢いるはずである。
その他にもまだまだありそうな感じである。
「きっと何かが起こる!」
蘭子は確信していた。
その日はほどなくやってきた。
夕暮れに沈む阿倍野女子高校の校舎。
校門前にたむろする女子グループがいる。見た目にも柄の悪く、学生鞄を持っていると
ころをみると、制服自由の住吉高校あたりか。
そこへ腕時計を気にしながら、京子が出てくる。
演劇部の練習で、こんな時間になってしまったのである。
「来たよ」
顔を知っているらしい一人が声を掛けると、全員が素早く動いて京子を取り囲んだ。
「真谷京子だろ?」
「そうですけど……」
「話があるんだ。ちょっと顔貸しな」
その口調には問答無用という響きがあった。
黙って付いていくしかないようだ。
夜道を連れ立って歩く一行。
「この先は……」
京子は、一行が向かっているのは、阿倍野土御門神社だと気が付いた。
土御門晴代が宮司を務めている神社である。
蘭子がいるかも知れないと期待感が湧き起こる。
この時間帯には、神社内の修錬場で合気道の稽古をしていると聞いたことがある。
境内の人気のない所に連れて行かれる。
「おまえ、最近大条寺君と交際しているんだってね」
いかにもリーダー格と思える生徒が尋ねてくる。
おびえていて声が出ない京子。
たとえ真実だとしても、素直に認めてしまうと、生意気だと思われる。
どうせ知られているなら黙っていた方が良い場合も多い。
「まあ、いいや。ともかく別れてくんないかなあ」
威圧的な態度で迫ってくるリーダー。
「そ、そんな事言われても……」
「ああ、こいつ口答えしよったで、生意気やなあ」
いきなり胸ぐらをを掴まえられて、息が苦しくなって、その手を振り解こうとした時に、
手首のミサンガがきらりと輝いた。
いち早くそれに気がつくリーダー。
「ミサンガか。噂聞いているよ。何でも幸福を呼ぶミサンガらしいな」
手下に合図してミサンガを取り上げるリーダー。
「それを返してください!」
青ざめて取り返そうとするが、多勢に無勢である。
悦に入ったようにミサンガを眺めていたリーダーだったが、
「もらっとくよ」
勝ち誇ったように腕にはめた。